サイゾーpremium  > 連載  > 小原真史の「写真時評 ~モンタージュ 過去×現在~」  > 写真時評~モンタージュ 現在×過去~【29】
連載
写真時評~モンタージュ 現在×過去~

ピカドンの閃光

+お気に入りに追加
1409_ph_03.jpg
「ライフ」の1945年8月20日号より。日本での核兵器使用についての特集記事で、広島と長崎のキノコ雲の写真が使用された。(協力:photographers' gallery)

 1945年8月6日、アメリカ軍の爆撃機「エノラ・ゲイ号」は広島市に原子爆弾を投下した。頭上に原爆を投下された側の人々は、熱線と強烈な閃光の後に爆風がやってくる様相から、「ピカドン」や「ピカ」と呼んだ。それは擬音語と擬声語で表現するほかない、人類が初めて経験する出来事であった。8月6日にトルーマン大統領が原爆投下についての声明を出すものの、それについての写真は発表されなかったため、「新型爆弾」の重要性が広く伝わるにはしばらくの時間を要した。キノコ雲の写真が公表されたのは、8月9日に2発目の原爆が「ボックス・カー号」によって長崎に投下された3日後の11日になってからであった。この日は日本側が連合国軍側の降伏要求を受け入れた日ということもあり、キノコ雲の写真は戦勝のシンボルとして流通することになる。

1409_ph_04.jpg

 8月20日になると「ライフ」が日本での核兵器使用についての記事を大きく掲載し、多くの人々がその「効果」を知った。広島と長崎上空を覆うキノコ雲の写真に加え、広島、横浜、神戸の爆撃以前と以後の航空写真が2枚1組でレイアウトされ、「B-29がほとんどの仕事を終えた」ことが説明されている。「ライフ」は複数の写真とキャプション、文章を重層的に組み合わせる「フォト・エッセイ」という組写真の修辞法を確立した写真週刊誌だが、この特集の最初のページは写真ではなく原爆投下時の広島の鳥瞰図で始まっている。キャプションには、「この絵は航空写真よりもいっそうありありと広島に落とされた原子爆弾の効果を見せる」とある。こうした想像図が必要とされた理由のひとつとして、核爆発の瞬間を捉えた映像が存在していないということが挙げられるだろう。

1409_ph_05.jpg

 「エノラ・ゲイ号」に同航した撮影用爆撃機「91号」は、投下の様子をカラーフィルムで撮影していたにもかかわらず、テニアン基地帰還後に現像に失敗したためにその記録は失われたといわれている。爆撃機に設置された固定カメラは、猛烈な爆風から逃れるための急旋回により、撮影すべき爆心地はフレームから外れてしまっていた。したがって、原爆の威力を測定するために観測機「グレート・アーティスト号」に搭乗していた科学調査班のリーダー、ハロルド・アグニュー博士が爆発の数分後に持参のムービー・カメラで撮影したわずか20秒ほどの不鮮明な映像と、「エノラ・ゲイ号」の後部砲手ジョージ・R・キャロンが撮影した数枚の写真(左下)が、原爆投下直後の広島を記録した数少ない映像となった。これ以外には、損害評価を目的とした写真偵察機F-13が四国側から広島方向を撮影した写真などが残されているが、こちらは原爆投下から数時間(1時間から4時間の説がある)が経過したものといわれている。激しい手ブレをともなった「アグニュー映像」の不鮮明さに比して、広島の街並みと形の整ったキノコ雲が写り込んだこの写真の鮮明さは際立っているが、それも爆心地との時間的・空間的距離のなせる技だったのだろう。

1409_ph_06.jpg
  いずれにしても、原爆投下直後の広島を写した航空写真は少ない。広島上空で原爆が炸裂する瞬間にいたっては、それを投下したアメリカ側でさえ記録できなかった。したがって、8月6日に広島を襲った閃光を捉えた写真として現存しているのは、爆心地近くの病院で保管されていたレントゲン・フィルムだけだといえるかもしれない。8月8日に調査団とともに広島入りした原子物理学者・仁科芳雄博士が持ち帰ったものだ。仁科博士は陸軍の委嘱で原爆の開発を進めていた人物で、その研究は仁科の頭文字から「二号研究」と呼ばれていた。被爆した病院で保管されていたレントゲン・フィルムを現像してみると、コンクリート壁を通過したX線によって真っ黒に感光していたという。それは「ピカドン」の正体が、日本が開発できなかった原爆だということを調査団に告知するものであった。眼もくらむほど強烈な閃光が襲った爆心地において、あらゆるイメージは消滅し、露出過多の真っ黒なフィルムだけが消滅のイメージとして残されたということだろうか。

小原真史
1978年、愛知県生まれ。映像作家、キュレーター。監督作品に『カメラになった男︱写真家中平卓馬』がある。著書に『富士幻景︱近代日本と富士の病』『時の宙づり︱生・写真・死』(共著)ほか。現在、IZU PHOTO MUSEUMで企画した小島一郎展が開催中。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論
    • 音楽業界からの【賛辞と批判】
    • 【芸能プロ】的戦略が抱える2つの“矛盾”
    • 令和の【ジャニーズ・シングル】20選
    • 20年代のジャニーズ【ミュージックビデオ】

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

インタビュー

サイゾーパブリシティ