サイゾーpremium  > 特集  > タブー  > 音楽プロデューサー【福富幸宏】「利権関係が整えばゴーストもあり」

――消費者が手にするCDにクレジットされた作詞作曲者と、契約書に記すクレジットはまったくの別物!? これまでにSMAPや布袋寅泰とRIP SLYMEの共演作、ピチカート・ファイヴなど数え切れないほどの名作を手がけてきた音楽プロデューサー、福富幸宏氏。業界内のゴーストライターの歴史と、歌謡曲やダンスミュージック、そしてクラシックミュージックまで、各分野におけるゴーストライターの役割など、音楽業界の重鎮がその真実を語る。

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(写真/cherry chill will)

 ゴーストライターは音楽業界のタブーであるため、顔出しで取材を受けてくれる関係者はなかなかいない。そんな中、この制度について知っていることを堂々と語ってくれたのが福富幸宏氏である。彼はハウスDJ/クリエイターとして国内外で高い評価を得る一方で、細川ふみえ「スキスキスー」(92年)、ピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」(93年)、安達祐実「どーした! 安達」(94年)といった、J-POPにハウス・ミュージックのグルーヴを溶け込ませた見事な編曲仕事でも知られる。また、大ヒット曲「慎吾ママのおはロック」(00年)をはじめ、数多くの作品においてプログラマーを務めてもいる。要は、福富氏はアンダーグラウンドからメジャーまで、日本の音楽産業のさまざまな制作の現場を経てきたわけだが、彼がキャリアを重ねていく上で、ゴーストライターとは、どのような姿に映ったのだろうか?

箔を付けるためのゴーストライター

――福富さんはこれまでのキャリアにおいて、ゴーストライターの役割を担ったことはありますか?

福富 僕がゴーストをやったことはないです。ただ、周囲からそういった話を聞くことはよくあります。作詞や作曲、プログラミングを担当したのに……あるいは、楽曲の根本のアイディアを出したのにクレジットに載らないというような。だから、僕はついているほうかもしれませんね。

――そこでいう“ゴースト”とは、初めからゴーストの役割を依頼されるというよりも、リリースの際に図らずもゴーストにされてしまった、ということですよね?

福富 そうですね。例えば“作曲”に関していうと……「そもそも、作曲って何だ?」という話にもなるんですが、歌手の中には譜面が書けなかったり、楽器ができない人も多いんです。そういった人が、すでに出来上がったトラックのコードに合わせ適当なメロディを乗せて、それをトラックメーカーがブラッシュアップさせたとする。ところが、そのトラックメーカーは作曲者にはクレジットされないというケースがあるんです。

 また、バンドの場合、セッションをしながら曲を作ったとしても、作曲者にはボーカルしかクレジットされなかったり。日本のポップスの場合、いわゆる主旋律を作った人が作曲者とされる慣習があるせいかもしれません。

――ゴーストライター制度には日本の音楽産業の歪みが表れているようにも思うのですが。

福富 僕が経験したケースに、こんなことがありました。その楽曲は、僕がプロデュースを担当して、作曲は共作だったんですが、出来上がったあとにスタッフから「作曲者のクレジットは、アーティストの名前だけにしてもらえないか」と言われたんです。ただ、それはCDに印刷されるクレジットがそうなっているだけの話であって、契約書の作曲者欄にはちゃんと僕の名前がクレジットされ、著作権だったり、印税の面においては問題が発生しないようになっていた。そのような場合はフェアだと思います。

――90年代に入ると、森高千里や川本真琴など、自ら作詞作曲をする“アーティスティックなアイドル”が求められるようになったと思います。「自分が作ったことにしてほしい」と言ってくるのは、そういったことも関係しているのでしょうか?

福富 やはり、アーティストとしての箔を付けるためでしょうね。クレジットがアーティスト単体だと、リスナーやメディアはおのずと「このアーティストには才能がある」という印象を持ちますから。

――「作曲を自分が手伝っていることは口外しません」というような誓約書を書かされることも?

福富 覚え書きを交わした程度のことはありますが、僕はそこまで厳しいものは経験していません。日本の音楽業界は、なぜかそういうことに緩くて、大抵、口約束が多かったりします。

――CDに記載されたクレジットが実際とは異なるものであっても、JASRACに提出する正規の書類には、契約書ベースの真実が書かれているわけですよね。そのクレジットはJASRACのウェブで閲覧可能なので、調べれば事実がわかってしまうのでは?

福富 そうですね。そのため、入り組んだ契約を交わす場合もあります。商品のクレジットにも、契約書にも僕の名前は表記されず、印税はすべてアーティストに行く代わりに、そのアーティストが所属する事務所やレーベルから僕に対して二次的な報酬が支払われる、といった形ですね。

――しかし、福富さんにとって、本当は自分が作っているのにもかかわらず、それが世に知られないというのは不本意なのでは?

福富 作業に見合った報酬は保証された上で、商品のクレジットだけ変更するというのは、一種のマーケティングやプロモーションの問題なので、僕としては構いません。「お客さんを騙している」といわれればそうなのかもしれませんが、例えばジャケットのアーティスト写真をフォトショップで加工するのも同じことですよね。

 そもそも、ポップスというものはイメージを売る商売であるわけです。それに、リスナーも「本当は誰が作ったのか?」なんて、そこまで気にしていないんじゃないでしょうか。ある自作自演のアーティストに強い思い入れがあったとして、後にその曲を違う人が書いていたことが発覚したとしても、おそらくファンは、そのアーティストを嫌いになったりはしないと思います。特に日本のリスナーの場合、歌われている曲そのものよりも、歌っている“人”が好きなように思います。

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