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お騒がせ男の”最初で最後の懺悔録”──高須基仁 の「全摘」 No.09

モッツ出版を浅草から新橋に移転させ、陰部ヌードを出版、ラリー・フリントに挑戦だ!

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──年齢不詳、職業不明、痛風持ち……老獪タカスが、自らの五臓六腑をすする気合で過激に告白&提言

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「週刊ポスト」などが、女性器を型どった石膏作品を掲載したとして、警察から警告を受けた。何を今さら。07年にはタレント・黄金咲ちひろが、自分の性器を型どった「MANGOT」なるオブジェを発売しているぞ。これが実物だ!

 7年前の2005年、私は社屋を港区赤坂から台東区に移した。上野で1年間過ごし、翌年、浅草の入り口である田原町に落ち着いた。田原町は、かつて30代半ばで英国の玩具メーカー、マッチボックス社から引き抜かれ、代表取締役社長として事務所を構えた町だ。“原点回帰”である。

 赤坂でヘアヌード写真集を立て続けに出版していた時は、毎日ヴェルサーチのスーツを着て、黒のベンツ560という威圧感のある大きな車に乗って出勤した。社内にカフェラウンジのような会見場を作りサロン化し、打ち合わせはいつも全日空ホテル(現・ANAインターコンチネンタルホテル東京)を利用していた。

 浅草に移ってからは、オフィスは縮小したので、膝詰め談判といった雰囲気。出版が厳しい中、どうやって生きるか足元を見直した。毎日、ジーパン、Tシャツ、車はベンツ280という小さいものに替え、頭髪を隠すためハットをかぶった。上野・浅草界隈の反社会的勢力を熟知し、玩具メーカーで働いていた昭和時代の甘塩っぱい醤油味にひたった。

 そして、2012年11月、我が社は新橋に移転した。

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