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第2特集
タブー破りのアート特集【1】

モラルの欠如、プロパガンダの洗脳......日本一キケンな芸術概論

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Chim↑Pom『ヒロシマの空をピカッとさせる』2009 photo : Cactus Nakao (C)2009 Chim↑Pom courtesy : Mujin-to Production, Tokyo

 タブーを冒した芸術──何をもって「タブー」と規定するかによってアートフォームは変わってくるだろう。だが、そう呼び得る表現はあり、まずは本特集に絡めた最近のトピックから触れよう。

 昨年10月、東京のアーティスト集団Chim↑Pomが映像作品の撮影素材として広島市の上空に飛行機雲で「ピカッ」と描き、世間を騒がせたことは記憶に新しい。原爆という負の過去を背負う広島市民の心を傷つけたとして地元新聞は強く批判し、またネット上でもバッシングの対象となった。そして彼らが被爆者団体に対して謝罪会見を開くまでの騒動に発展し、その後に予定されていた広島市現代美術館での展覧会も自粛せざるを得なくなったのだ。

 以後、彼らは被爆者団体と対話を重ね、一連の騒動を団体や美術関係者やジャーナリストなどとともに検証した書籍『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』(河出書房新社)を今年の春に発表。また、同時期に広島をテーマにした現代アート展覧会が都内で開催され一応の落ち着きを見せた。だが、経緯の是非はともあれ騒動の発端となった表現が、現在の社会に潜在する「地雷」を踏んだのは間違いないだろう。

 彼らはある種モラル(とされるもの)に反する行為をしたことが批判の対象になったのだが、法の下では明らかな犯罪行為になってしまう芸術表現もある。それがグラフィティだ。諸説あるが70年代にニューヨークのブロンクスで発達したといわれるその表現形態は、壁や電車の車両にスプレーで吹き付けたいわば「落書き」だが、ヒップホップ・カルチャーの一要素ということもあってか、いまや日本を含め世界の各都市で見かけることができる。

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バンクシーが2006年に英国ブリストルで描いたイリーガルな「壁画」 (C)Richard Cocks

 そうしたグラフィティに反資本主義のアティテュードを色濃く投影したのがイギリスのアーティスト、バンクシーだ。もちろん英国でもグラフィティは「若者の迷惑行為」として政府が取り締まるため、グラフィティ・ライターの多くがそうせざるを得ないように、彼もまた顔を全く明かさずゲリラ的に活動する。ただ、街の壁に描くのみならず、有名美術館に無断で作品を展示したり(05年)、パリス・ヒルトンのアルバムのフェイクを勝手にCDショップに陳列したり(06年)と、イタズラにも似た手法で権威的な美術界や経済システムをあざ笑ってきた。そんなバンクシーを支持するファンは多いため、ナイキやソニーなど世界のトップ企業からコラボレーションのビッグ・オファーを受けてきたが、すべて断ったという点でその姿勢は一貫しており、素性の知れないアーティストは今日もストリートをキャンバスに見立て、作品を残している。


ドラッグとアートの親和性と密接な関係

 少し時代を遡ろう。1917年のロシア革命後のソ連で編み出されたプロパガンダにおける視覚表現は、大衆を煽動するのに優れ、30年代にナチス・ドイツはそれをさらに洗練し国民を狂気に巻き込んだ。そんな人類の忌まわしい歴史から生まれた洗脳的芸術表現はしかし、我々の日常と無縁ではなく、そのメソッドは「マス」に訴えかけることを目的とした現代の広告にもトレースされている。

 そして現在、日本においてある意味"最もタブー"となるのがドラッグではないだろうか? だが、緻密なガラス細工と見紛うほどのマリファナ用吸引パイプや、LSDを染み込ませた紙の上のグラフィック・アートなど、ドラッグをめぐる禁断のデザイン手法は確かに存在しているのだ──。

 ここまで挙げた表現が、何かしらの禁忌に触れていることは少なからず理解できるだろう。本特集では、「タブーを冒した」「タブーを破った」という近年の芸術やその手法について考察してみたい。アブナい芸術というのは、意外にも我々の身近に存在しているということをご理解いただければ幸いである。

(砂波針人)


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