イスラエルやパレスチナ、イランやイラクなど、利害を異にするさまざまな国が入り乱れ、混迷を極める中東情勢。日本からは距離的にも心理的にも遠い地域だと感じる人も多いかもしれないが、日本が今後国際社会で生き残っていけるかどうかは、中東との関係が鍵になると、前駐イラク大使の松本太氏は力説する――。
──アメリカのトランプ大統領は、5月13日から16日まで、第二次政権就任後初の外遊先として中東のサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の湾岸3カ国を訪問しました。この外遊の最大のポイントはなんだったでしょうか?
[下地写真]5月13日、アメリカのトランプ大統領とサウジアラビアのムハンマド皇太子がリヤドのサウジ王宮で行われた署名式に出席した。(写真/Win McNamee/Getty Images)
松本太(以下、松本) 14年間にわたって続いてきたシリアに対する制裁を解除することをトランプ大統領が決定したことが大きいですね。シリアでは長年続いたアサド政権が24年末に崩壊し、アフマド・シャラア移行期政権が発足しましたが、その後も制裁が解除されていませんでした。アフマド・シャラア新大統領はかつてアルカイダにも参加するなど、その政権基盤にはイスラム主義過激派が多く、制裁を解除しても大丈夫だろうか──という懸念が国際社会にあったのです。とはいえ、アメリカによる複雑な制裁が解除されない限り、シリアの復興はありえません。
アメリカによるシリア制裁法がある限り、アメリカのみならず、カタールやサウジアラビアなどもシリアに投資することはできないわけです。早くアメリカのシリアに対する制裁を解除してほしい、というのがアラブ諸国の一致した希望だったんです。特に今回は、サウジアラビアのムハンマド皇太子とトルコのエルドアン大統領がトランプ大統領に強く要望して、制裁解除が決まったのです。
──強固な同盟関係にあるはずのイスラエルにトランプ大統領が立ち寄らなかったことも、またその思惑がどこにあるのか取り沙汰されました。
5月15日、トランプ大統領は、アブダビにあるシェイク・ザイード・グランド・モスクを訪問した。視察には、UAEのナヒヤーン大統領らが同行した。(写真/Win McNamee/Getty Images))
松本 そうですね。今回立ち寄ったのが、サウジアラビア、カタール、UAEという湾岸3カ国だったことは大きなポイントです。やはりディール(取引)を通じてアメリカへの投資を促進できる国を重視したということですね。トップダウンでアメリカとの積極なディールを行える国というのは実は世界中でもそれほど多いわけではありません。その筆頭がまさにこの中東湾岸の3カ国だったのです。第二次政権発足後のトランプ大統領に会ったソフトバンクの孫正義社長、OpenAIとオラクルの社長の3人が合計5000億ドルの投資を決めたそうですが、今回の中東訪問で決まった投資額は3カ国で合計3・2兆ドル。日本円にして460兆円にもなります。途方もない金額でソフトバンクの投資額が一挙にかすんでしまったわけです。
──湾岸3カ国はアメリカの何に投資をしたのでしょうか。