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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第173回

【ティル】公民権運動を大きく前進させた殺害事件の初映画化

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――雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。


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『ティル』

1955年、メイミー・ティルと14歳の息子・エメットはイリノイ州シカゴで暮らしていた。ある日、エメットは初めて生まれ故郷であるシカゴを離れ、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れるが……。

監督:シノニエ・チュクウ、出演:ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグほか。全国劇場公開中。


「ミシシッピでそれが起きたのは/そんなに昔のことじゃない/シカゴから来た少年が南部に足を踏み入れた/彼に起こったむごい悲劇を僕は今も覚えている/彼の肌は黒く、名前はエメット・ティル」ボブ・ディラン「エメット・ティルの死」

ボブ・ディランが1962年に歌にしたエメット・ティルは、1955年8月、南部ミシシッピで白人たちにリンチされて殺された。まだ14歳だった。当時、テレビのプロデューサー、ロッド・サーリングはこれをドラマ化しようとしたが、テレビ局は許さなかった。それからもこの事件は何度も映画化の企画が上がっては消えていった。それがついに実現したのが、『ティル』だ。

エメット・ティルはシカゴで生まれた。シカゴは1920年代から工業都市として発展し、労働者としてヨーロッパからの新移民と南部の農場から移住した黒人が中産階級を形成して共存していた。そのため、エメットはあまり黒人差別を感じないで育った。

14歳になった年の夏休み、エメットはひとりで、ミシシッピにある母メイミーの叔父の家を訪ねた。そこの黒人たちは小作人で、奴隷だった頃と同じように白人のために綿花を摘んでいた。当時、南部の黒人には選挙権もなく、人種隔離法で学校もトイレもホテルも交通機関も飲食店も白人とは別々だった。

だが、この前年、連邦最高裁が、公立学校の人種隔離を憲法違反だとする判決を下し、南部の白人たちを怒らせた。エメットが来る1カ月前、ミシシッピでは黒人解放運動家がKKKに射殺されたが、犯人は裁かれなかった。

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