サイゾーpremium  > 連載  > 町山智浩の「映画でわかるアメリカがわかる」  > 町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第161回
連載
町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第161回

『ダーク・ウォーターズ』社員を使って密かに人体実験!米国の公害事件

+お気に入りに追加

――雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。


2112_82c3c206d6f8b5f2_520.jpg

『ダーク・ウォーターズ』

ウエストヴァージニア州で起こった巨大企業の公害事件をめぐって、十数年戦い続けたひとりの弁護士を描く実録モノ。

監督:トッド・ヘインズ、出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイほか。12月17日全国公開。


1950年代、熊本県水俣などで、化学企業チッソの工場から海に排出された有機水銀によって汚染された魚介類を食べた人々、また妊娠中の胎児に脳性麻痺など重度の障害が出て、「水俣病」と呼ばれた。71年に水俣病について企業側の責任を認めた初の判決が出てから今年で50年、2本の水俣映画が続けて公開された。ひとつは水俣に住んで患者の姿を世界に伝えた写真家ユージン・スミスをジョニー・デップが演じた『MINAMATA』。もうひとつは、原一男監督が20年にわたって水俣を追い続けた6時間超(!)のドキュメンタリー『水俣曼荼羅』。

さらに今年は、アメリカの水俣病とも言える公害事件を描いた『ダーク・ウォーターズ』も公開される。大手化学企業デュポンがPFOAを密かに廃棄していた事件を暴いた弁護士ロブ・ビロットの実録ドラマだ。PFOA(ペルフルオロオクタン酸)はテフロン加工の製造過程で使われる化学物質。永遠に分解できないのでフォーエバー・ケミカルと呼ばれ、強い発がん性や催奇性がある。

主人公ビロットを演じるマーク・ラファロはビロットについての記事を読んで自ら映画化権を取得し、主演した。ちなみにラファロは『フォックスキャッチャー』という実録映画では、96年、デュポンの創業者の相続人ジョン・デュポンに殺されたレスリングの金メダリストを演じている。

ビロットは弁護士事務所で、主に化学企業の弁護をしてきたが、90年代終わり、ウェストヴァージニア州のパーカーズバーグという田舎町からやって来たウィルバー・テナントという農場経営者から190頭もの牛が変死した件の調査を依頼される。ウェストヴァージニアはアメリカでも最も貧しい州のひとつで、この依頼は金になりそうもない。だが、祖母の出身地だったので、責務を感じ、報酬は勝訴した時払いということで調査を始める。

農家の近くには大手化学企業デュポン社がテフロン加工の廃棄物を投棄しており、それが水質を汚染していた。ビロットは廃棄されたのがPFOAだと突き止める。そしてデュポン社の従業員にもガンや胎児の先天性異常が出ていたことがわかる。恐るべきことにデュポン社はその当時から30年以上前の60年代にPFOAの毒性に気づいていた。そのへんはチッソと同じだ。

チッソは密かにマウスで水俣病の生体実験を行っていたが、デュポンはもっと凶悪だ。なんと、PFOAを入れたタバコを自社の社員に配布して、ガンになるかどうか人体実験していたのだ! これはテナント氏ひとりの損害賠償では済まない。パーカーズバーグの住民7万人が40年近く、PFOAで汚染された水を飲まされ、数千人に健康障害が出ており、最初の原告テナント氏もガンで死んでいく。だが、PFOAはまだ危険な物質として法的な規制の対象になっていなかった。ビロットはPFOAの有毒性を証明するため、住民7万人の血液を採取し、科学調査を依頼するが結果はなかなか出ない。デュポンは莫大な予算で政治的なロビー活動を展開、裁判は長引き、テナント氏はこの世を去り、出口の見えない戦いに疲れてビロット自身も病に倒れてしまう。

『ダーク・ウォーターズ』は熱血弁護士が弁舌巧みにまくしたてる法廷エンターテインメントではない。ビロットは忍耐強く証拠を積み上げていく。そんな無口な夫を気丈に支える妻を演じるのはアン・ハサウェイ。タダ働きで生活も追い詰められながら勝利を目指す夫婦の物語でもある。

くじけそうになったビロットが、パーカーズバーグのガソリンスタンドで、目と鼻が歪んだ青年と出会う。PFOAによる先天性障害だ。彼のような人々のためにビロットは戦い抜くことを決意する。その青年は本当のPFOAの被害者バッキー・ベイリーだ。

2017年、裁判所はデュポン社に対して6億7000万ドルの賠償金支払いを命じたが、まだ完全な決着はついていない。この『ダーク・ウォーターズ』は、名誉毀損で訴訟される危険を冒して作られた。

この裁判でPFOAの危険性が確認され、日本でも20年から製造販売が禁止された。しかし、沖縄の米軍基地ではPFOAに似たフッ素化合物PFOSを含んだ水を、今年8月に6万リットルも海に放出。残る汚染水の処理が問題になっている。

まちやま・ともひろ
映画評論家。サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』 (新潮文庫)、『今のアメリカがわかる映画100本』(小社刊)など著書多数。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

サイゾーパブリシティ