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『クロサカタツヤのネオ・ビジネス・マイニング』第85回

法律は変えられる!? 官庁出向経験があるローソン社員が語る民と官のコミュニケーションの課題

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通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!

――○○省とか国の機関で働いている人と知り合うと、「実は△△会社から出向でして、来月には戻ります」なんて言われることがある。では、そうやって官に出向していた企業の社員は、帰任してからその経験をどう生かしているのか。そこのところを経験者であるローソン社員に、デジタル時代のコンビニのビジョンと共に聞いてみた。

[今月のゲスト]
笠井玲子(カサイ レイコ)
株式会社ローソン コミュニケーション本部 秘書・渉外部 マネジャー。保険会社、食品メーカー、ECサイトなどを経て、2013年にローソンへ入社。2018年から2年間、経済産業省商務情報政策局 情報経済課に出向し、2020年に帰任。2021年3月より現職。

クロサカ 今月のゲストは、ローソンで新規事業開発に取り組んでいる笠井玲子さんです。笠井さんは、2019年まで経済産業省に出向されていて、その頃にお仕事でご一緒して知り合いました。そもそも、どういう経緯で出向することになったんですか。

笠井 新卒で保険会社に入り、それから食品会社やネット通販サイト、ネット通販のコンサルなどいくつか転職を経て、13年に縁があってローソンに入社しました。ローソンでも、EC事業をずっと担当していたんですが、18年に突然、出向を命じられました。

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テレワークの導入状況
(出典)総務省 令和2年通信利用動向調査 より

クロサカ 官民人材交流【1】で、官僚が民間企業に出向したり、企業の社員が官庁に出向したりというのはよくあることですが、笠井さんは自分から希望されたんですか?

笠井 会社からの指名でした。実は、担当していた新サービスのリリース直前だったので、正直なところ驚きました。でも、担当役員から「失敗してもいいから2年間、大いに学んできなさい。来年、再来年のサービスよりも、5年後10年後のローソンを考えられるようになるために」と言われ、送り出されました。出向時には、その言葉にはすごく助けられましたし、今でも自分の役割として認識している言葉です。

クロサカ 僕もいろんな官庁と仕事をしていると、民間企業から出向されている方とご一緒することがありますが、総じて皆さん優秀でジェントルです。でも、会社からどのように送り出されたのか、それぞれ違うんですよね。

笠井 そうですね。経産省でも「民間出向者だから」ということなく、同じように仕事をさせてもらえたことで、非常に良い経験になりました。これまでの私のキャリアは、メーカー側から販売する側へと転職したように、こちら側とあちら側の両方を知るような転職をしてきたのが特徴だと思っています。だから経産省への出向も、大企業とそれを所管する行政という、両面を見ることになったというのが、やっぱり自分らしいキャリアなんですよね。

クロサカ そんな両方の面からの視点を持つ笠井さんにとって、このコロナ禍での1年はどんなふうに見えましたか。

笠井 ローソンとしては、コロナ感染拡大当初は、お客様と従業員の感染防止をどうするか、というところにかなり注力していました。最初は情報不足もあって、感染対策も何をどうすればよいのかわからないこともありましたが、手探りしながら店舗にマスクと消毒液を配布したり、希望する店舗にはトイレやゴミ箱の閉鎖を認めたり、といったことを柔軟に対応してきました。同時に、早い段階で経営陣からも、従業員や店舗従業員に安全確保についてのメッセージを発信することで、コロナ禍で営業を続けるという恐怖や不安に対して、メンタル面へのケアも果たすことができたと思います。

クロサカ 確かに、コロナ禍で日本企業はかなり頑張りましたよね。

笠井 アメリカでは食肉加工場がパンデミックで閉鎖されたことでサプライチェーンが崩壊して、食肉の販売制限が行われた地域もありました。そういう意味では、日本の企業が感染防止を自主的に進めて、市民の日常生活には大きな影響がなかったというのは、あまりニュースにはなっていませんが、さまざまな企業が頑張った結果だと思うんです。

クロサカ 「体温を測りましょう」とか「手を消毒しましょう」といった、今ではどのお店も行っているコロナ対策ソリューションって、政府がガイドラインを示したわけじゃなく企業が自分たちで考えて組み上げたものなんですよね。昨年の4月後半にはすでに普及していたことを考えると、日本企業はすごいと思います。そういう面にもきちんと光を当てていきたいですよね。

笠井 実はCGF【2】という国際的な消費財の業界団体があって、そこからサプライチェーンでの感染防止に関して報告書が公開されています。ローソンも加盟していて、ネスレ、花王、キリンなどに協力いただきながら、私も一部を書いたものです。

クロサカ それは素晴らしいですね。コロナ禍において、そのように笠井さんたちが最前線で現場の対応に取り組んできた一方で、デジタルをもっと活用しようというかけ声も上がりました。

笠井 正直なところ、私はこんなにテレワークやオンラインミーティングが進むとは思っていませんでした。すごい勢いでテレワークの環境整備が進んで、大変助かっています。テレワークが進んだことは、働き方を変えていくという意味でも画期的ですが、「オンライン○○」という言葉が日常になって、デジタル上のコミュニケーションに対する感情的な抵抗も減ったと思います。オンラインは非常に効率が上がる仕組みなので、もっと進めるべきだと思いますし、この状況だからこそ規制緩和できる部分も多いと思います。

クロサカ 医療分野については、オンライン診療が一時的であるにしろ実現したのは画期的でした。もちろん、規制緩和に反対意見も多かったようですが。いずれにしろ、皆がようやく本気になってデジタルと向かい合ってくれた成果のひとつだと思います。

笠井 それは、すごくあると思います。私も出向していた時は、押印や和暦問題とか、行政文書のルールでは大変な思いをしました。それが菅政権になってから進んでいるというのは、今後も期待できるところが多いと思います。

クロサカ 菅総理は、メディアで叩かれることが多いですが、今の政権になって明らかに前進していることもあるんですよね。単純に考えても、前の政権だったらここまで進んでいなかったと思うんです。

笠井 そうだと思います。後年、どう論評されるかはわかりませんが、私は社内でも規制緩和を担当しているので、菅政権の動きは非常に追い風だと感じました。

クロサカ 一方で、デジタル化やオンライン化が進むことによる人々の消費行動の変化は、コンビニのような業態にとっては大きな影響があるんじゃないでしょうか。

笠井 コンビニは、ずっと時代に合わせて変化してきた業態ですが、この先の変化の仕方は少し変わるかなと思います。これまでコンビニは、画一的な商品・サービスを提供できることがメリットでしたが、最近は個店ごとに独自の取り組みができるようになっています。一昔前は若い世代がコンビニのメインターゲット層といわれていましたけど、今では子どもから高齢者まで誰もが利用します。それを踏まえて、どうやってその町に合うお店になっていくのか。店舗が変わりゆくお客様に対して、対応できるようにさまざまな機能を提供していくことが、私たちの本部としての役割だと考えています。

クロサカ 今のお話は、日本のユニバーサルサービス【3】を提供する人たちが、目指さなければならない姿かもしれません。

笠井 従来のローソンは、約1万5000店舗がすべて同じ規格という前提で、さまざまな商品企画やサービスを考えていました。でも、最近は、厨房でできたての商品を提供したり、UberEatsと連携してデリバリーサービスを展開したり……というのを、その地域に合わせて展開している。店舗をその町にフィットさせるための仕組みを本部側で整える必要があるな、と個人的には思っています。その前提にあるのは、ローソンの企業理念です。「私たちは〝みんなと暮らすマチ〟を幸せにします」というのがあって、私も好きなんですが、この理念が社内でも浸透していると思います。

クロサカ 多くの企業がそういう理念を失ったまま、日本を代表する企業のつもりでいる結果、存在理由を失っている気がするんですよ。抽象的な数字の上でのお客さんではなく、その土地に住んで顔を知っているお客さんから自分たちがどう見えているのか。ローソンや笠井さんは、それを理解している。この話は単純なようで、わからない人がたくさんいますよ。特に通信業界なんて、まだ気づけていないと思う。

笠井 そうなんですか。通信業界は、世界を変えてくれたし、それだけで存在意義があると思うんですけど。

クロサカ 生意気ですが、ユニバーサルであろうとすることに、かえってあぐらをかいちゃっている印象ですね。モバイルブロードバンドの普及期はそれでよかったかもしれないけど、すでに定着したこれからは、地域の中での存在理由を見いださなければいけないはずです。そしてそんな難しい時代に、経産省でのご経験やローソンでのお仕事を踏まえて、これから私たちの毎日を楽しく、社会を明るくするために、どんなことに取り組んでいくといいでしょうか。

笠井 まだまだ、オンラインだけですべてを行うことにリスクがあるし、デジタルだけでは足りない部分がある。その視点から見たときにコンビニという拠点がもっともっとお客様にとって役立つ場所になっていくと思っています。他方、デジタルが進むなかでもコンビニを会話ができる場所として求めて来店されるお客様もいる。これから、デジタルの領域はもっと拡大するでしょうが、逆に残されたアナログの拠点として店舗をフル活用していくタイミングが来るのかなと思います。

クロサカ 今でも生活インフラとして大きな役割を担っていますが、その役割がもっと拡大していくことは考えられますよね。

笠井 一方で、デジタル化の流れを官と民という観点から見ると、デジタルに関する技術について、規制を所管する部署がデジタルを理解できてなかったり、コミュニケーション不足で官民ともに誤解されている部分があったりするのは事実です。私は官と民の両方を知っているので、そこのコミュニケーションを丁寧に実施して、規制を緩和できるところはしてもらうとか、もっとうまく働きかけて解決していくことができると思っています。

クロサカ おっしゃる通りだと思います。ただ、コミュニケーションを丁寧にしていくことって、単純に手間がかかるし、事情を知らない人からはめんどくさいって言われがちじゃないですか。

笠井 確かに、そういうイメージを持っている人は多いですよね。私も、OTC薬品【4】の販売ルールに関して規制緩和を求めてきて、その「丁寧なコミュニケーション」に苦労しました。しかし、その規制緩和が少し前進したことで、コミュニケーションの大切さを改めて理解できました。その経験からも、官の言葉は難しいので翻訳する役割が必要だと思うし、そうやって地道な活動を続けることで、社内の空気も少し変わってきているのだと思います。行政や自治体とのやりとりの中で、納得いかないことは多々あると思います。しかし、たとえそれが法律だったとしても、社会が良くなる、みんなが助かるのであれば、法律は変えることができる。まずは、それを知ってもらうことから始めないといけない。そしてその結果、官と民のコミュニケーションがもっと活発になって、よりよい社会になっていくといいな、と思います。

【─対談を終えて─】

「視点のズレをどう受け止めるかが、大事だと思うんです」

 対談の終盤、「法律は変えられる」という話をしている時に、ふと笠井さんから投げかけられた言葉でした。
 確かに私たちは、いろいろな視点のズレを抱えながら生きています。前述の通り、法律を変えられると思う人と、そんなわけはないと思う人。また、同じ物事に対しても、世代や性別で理解は違います。住んでいる場所や生活環境の違いにも、私たちの認識は、大きく影響を受けているはずです。

 厄介なのは、そうした視点のズレを受け止めようとすること、それ自体が面倒だということです。実際、相手と自分の間に視点のズレがあり、お互いが異なる意見を有しているということを、互いで確認しあったり、そのためにズレを可視化したりすることは、ほとんどの場合、ちょっとした摩擦を伴います。

 そんなの当たり前じゃないか、それを乗り越えるのが大人の仕事だ――こんなふうに考えることも、とても大事です。でも、そうした摩擦がちょっとしたものにとどまらず、自らの立ち位置にまで影響を及ぼしうることだとしたら、私たちはしばしば、そうした摩擦を回避する方法を探しがちです。それもまた、大人の所作なのかもしれません。

 しかし、摩擦を回避し、視点のズレが残ったままでは、物事は何も進みません。さらにいえば、そうした回避のための作業が発生し、時間や費用が無駄にかかります。何か作業をしているはずなのに、物事はまったく進まない。これが最近たまに見かける「やってる感」の実態でしょう。

 言うまでもなく、やってる感は、仕事したことになりません。それで給料をもらっていては、給料泥棒だと後ろ指をさされても仕方ないかもしれない。経験の足りない若い世代ならいざしらず、ある程度の実績を重ねた人であればなおさらですし、そうして地位を得た人であれば、もはやその存在は社会にとって害悪とさえ言えそうです。

 しかし、そんな人たちが一定以上存在するのも、また現実です。そして私たちは現実の中で生きていかなければならない。ならば、一人でも多くの方が、やってる感ではない「本当の仕事」に近づけることが、私たちの社会をよくすることではないか。笠井さんのお話に一貫していたのは、そういうことなのではないかと、改めて振り返っています。


【1】官民人材交流
官民人事交流法に基づいて、国と民間の相互理解や人材育成のため、2年を目安に国の行政機関から民間企業(銀行や信用金庫、NPOも含む)に職員が出向し、またその反対に国の機関が民間から社員を受け入れる制度。

【2】CGF
The Consumer Goods Forumの略称で、世界70カ国から400社を超える企業が参加し、情報交換などを行っている。文中の報告書は「ウィズコロナ時代の食品・日用品のサプライチェーン」と題して公開されている。

【3】ユニバーサルサービス
電気やガス、水道、電話など、社会の誰もが等しく利用できる公共的なサービスのこと。

【4】OTC薬品
医師の処方箋なしで、薬局で購入することができる市販薬のこと。コンビニでも薬剤師または登録販売者がいれば、一部の薬品を販売できる。


クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。07年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。

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