サイゾーpremium  > 連載  >   > 丸屋九兵衛の「バンギン・ホモ・サピエンス」【10】/【エディ・マーフィー】40年後の大逆転狂騒曲!
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丸屋九兵衛の「バンギン・ホモ・サピエンス」【10】

【バンギン・ホモ・サピエンス】エディ・マーフィ――40年後の大逆転狂騒曲!

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――人類とは旅する動物である――あの著名人を生み出したファミリーツリーの紆余曲折、ホモ・サピエンスのクレイジージャーニーを追う!

エディ・マーフィ(Eddie Murphy)

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(絵/濱口健)

兄は「バスケットボールでプリンスに負けたコメディアン」故チャーリー・マーフィ。兄を偲んで名付けた息子を含む10人の子がいる。ベイビーフェイスの元妻トレイシーやスパイス・ガールズのメラニー・Bなどについてはまたの機会に。

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(絵/濱口健)

 ザ・ロックはプロレスラーだ!

 我々(プロレス・ファン)はそう主張するが、ロック様のキャリアを振り返ると、彼がプロレス専門で活躍したのは95年から02年までのわずか7年ほど。ハリウッドに本格進出してから18年経つ今では、ドウェイン・ジョンソンとしての俳優人生のほうがよっぽど長い。

 本稿の主役、エディ・マーフィの場合はどうだろう?

 SNLこと『サタデー・ナイト・ライブ』のレギュラー・メンバーとなり、アメリカのコメディ界を激震させたのは80年12月から。だがそれからほどなく、82年12月には『48時間』で早くも映画デビューを果たしている。84年2月をもってSNLのレギュラーを退き、同年12月にはコメディ要素が少なめの『ビバリーヒルズ・コップ』で、映画スターとしての地位を確立。それから35年以上が経つのだから、「エディはコメディアンだ!」と叫ぶ我々(黒人漫談愛好家)はもちろん少数派だ。

 実際のところ、長年にわたって彼は「盛りを過ぎた黒人俳優」だったかもしれない。しかし低迷した挙げ句に半ば引退していた彼のキャリアを救ったのはやはり、出発点であるコメディなのだ。

 61年4月生まれのエディは76年、15歳にしてリチャード・プライヤーの漫談アルバムを聴き、コメディに目覚めた……ということになっているが、彼のスタンダップ・コメディを収めた87年の映画『Eddie Murphy Raw』のオープニングには「子どもの頃に親戚たちの集まりで破壊的なお笑いを披露するエディ」という寸劇が収められている。76年7月には、すでに地元ニューヨークの青少年センター(?)で初ステージを踏んでいたことを考えると、「子ども時代から一族内のお笑い担当だった」という寸劇のほうが事実に近いかもしれない。その初ステージが評判となって地元で引く手あまた、高校時代からコメディ・クラブに電車通勤していたらしいから、早熟ぶりがうかがえる。

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