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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

マッカーサーと昭和天皇(4)

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散歩する昭和天皇と娘の孝宮。(サン・ニュース・フォトス/1945年/著者蔵)

 日本人に敗戦の事実を突きつけ、その屈辱を刻印したとされるマッカーサーと昭和天皇の会見写真は、3枚撮影された中の1枚であった。これまで緊張した昭和天皇が直立不動でマッカーサーの隣で写っているとされてきたが、3枚を連続で見直してみると、姿勢や表情を微妙に変えているのは昭和天皇のほうで、マッカーサーは腰に手をやり、足を開いたまま姿勢を変えていないことがわかる。このことから、勝者の立場にあったマッカーサーもまた、昭和天皇と同じく緊張してカメラの前に立っていたのではないか、という疑問が浮上してくる。しかし、たとえそうであったとしても、この写真の衝撃が大きく減じるわけではない。なぜなら、彼らの姿勢よりもその位置関係こそが、会見写真のもっとも重要な要素であったかもしれないからだ。

 天皇と皇后の御真影の「奉掲(ほうけい)」の際には、天皇が向かって左側に、皇后が右側に位置するのが慣習であった。天皇と皇后の公式写真においてもこの位置関係は同じで、皇室では現在でもこの慣習は守られている。

 明治天皇と昭憲皇后の頃には、左右逆の例があるが、おそらくこれは古いしきたりによるものだろう。古来、日本では中国文化の影響のもと、男性は左、女性は右という「左上座」が定着しており、古いしきたりを重んじる京都の京雛(きょうひな)でも男雛は向かって右、女雛を向かって左に飾るが、関東雛では、逆になっている。右大臣よりも左大臣のほうの位が高いのも、「左上座」の決まりによる。大正天皇の即位の頃から西洋式に倣って男女の並びが逆になり、定着したようだ。

 美術史家の北原恵によれば、マッカーサーと昭和天皇の会見写真では、この左右の位置に関する権力関係が反映されており、天皇がマッカーサーの劣位に置かれ、女性化されているため、会見写真は両者の「婚礼」写真と見なすことができる、という(北原恵『正月新聞に見る〈天皇ご一家〉像の形成と表象』「現代思想」2001年5月号)。

 常に皇后の右側で写真に写ってきた昭和天皇にとって、マッカーサーの劣位に位置づけられて撮影された屈辱感は、どれほどのものだったろうか。そして、日本人カメラマンによって撮影され、「人間宣言」と共に1946年の正月に発表された昭和天皇と孝宮(たかのみや)とのツーショット写真(上部画像)は、「マッカーサーとの会見写真によって損なわれた天皇の威厳と男性性を、国民のあいだで、そして天皇と側近たち自身に回復させ」(北原恵)るものとしてとらえることができる。つまり、マッカーサーが写っていた位置に昭和天皇よりも身体の小さな女性皇族を配置することで、男性としての自らの権威の復権が図られた、とも考えられるのだ。

 しかし、厳密にいえば、これはツーショット写真ではない。天皇の後ろに清宮(すがのみや)が小さく写り込んでいるからだ。このとき撮影された別カットでは、皇太子や香淳(こうじゅん)皇后、順宮(よりのみや)らも一緒に散歩しているのが確認できるが、この写真では、彼らの姿はフレームアウトしており、その影のみが地面に写っている。横を向いている清宮の表情が見えにくいことや、天皇の左腕で身体の半分が隠れていること、彼女の服が背景と同化していることなどにより、その存在が後景化し、天皇と孝宮のツーショット写真のように見える。2人だけを強調するように写真が加工されているようでもある。マッカーサーとの屈辱的な会見写真は、同じ位置関係で撮影された別のツーショット写真によって上書きされねばならなかったのだ。

 昭和天皇の弟の高松宮宣仁(のぶひと)親王は、会見翌日の日記でマッカーサーが天照大御神を岩戸の中から引っ張り出した手力男命(タヂカラオノミコト)のような役割を果たすという見方があることに触れて、それならば「大キク国体護持モ出来ルカモシレヌ」と記している。そして、「米国ノ燃料デ日本ノ自動車ヲハシラシテ不思議ニ思ハヌナラバ、手力男命デモ猿田彦デモ」よい、との見解を示している(『高松宮日記』第八巻)。

 マッカーサーと昭和天皇の会見の内容について日米両政府は今なお公開していないが、米国大使館における会見写真が、「青い目の大君」と昭和天皇の婚姻写真であるとすれば、その輿入れ道具としてアメリカに贈られたのは、日本の属国化と沖縄の「長期租借」(「天皇メッセージ」1947年)だったのだろうか。燃料タンクを「米国ノ燃料」で満たして動く国。この会見写真は、日本国憲法によって象徴としての歩みを進めることとなる天皇の戦後の第一歩を写したというだけでなく、天皇の上にアメリカを戴くことになる戦後の日本そのものをも象徴する写真となったのではないだろうか。昭和が終わり、平成が終わろうとしている今なお、手力男命としての米軍は、日本に駐留し続けている。

小原真史
キュレーター、映像作家。監督作品に『カメラになった男―写真家中平卓馬』。著書に『富士幻景―近代日本と富士の病』、共著に『戦争と平和―〈報道写真〉が伝えたかった日本』『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』などがある。

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