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哲学者・萱野稔人の"超"哲学入門 第11回

「全体意志」か「一般意志」か……道徳主義者が政治に向かないワケ

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(写真/永峰拓也)

『社会契約論』

J.J.ルソー(桑原武夫・前川貞次郎訳)/岩波文庫/720円+税
封建制度における人間の隷属的な状態を批判し、自由な個々人による主権、その公の利益を目ざす“一般意志”によって形成される民主主義的な国家観を主張。フランス革命や日本の自由民権運動にも影響を与えた一冊。

『社会契約論』より引用
以上にのべたところから、一般意志は、つねに正しく、つねに公の利益を目ざす、ということが出てくる。(略)
全体意志と一般意志のあいだには、時にはかなり相違があるものである。
後者は、共通の利益だけをこころがける。
前者は、私の利益をこころがける。
それは、特殊意志の総和であるにすぎない。
しかし、これらの特殊意志から、相殺しあう過不足をのぞくと、相違の総和として、一般意志がのこることになる。

 私たちの多くは民主主義こそ望ましい政治のあり方だと考えています。民主主義とは、人民の意志にもとづいて統治がおこなわれる政治のあり方のことですよね。では、人民の意志はどのように抽出されるべきでしょうか。なにをもって人民の意志だと考えればいいでしょうか。

 この問いにかんして、18世紀フランスで活躍した哲学者であるジャン=ジャック・ルソーは、人民の意志には二つの種類があると述べています。一つは「全体意志」で、もう一つは「一般意志」です。

 まず、全体意志とは何でしょうか。上部の引用箇所をみてみましょう。そこでルソーはこう述べています。「(全体意志は)私の利益をこころがける。それは、特殊意志の総和であるにすぎない」と。「特殊意志」とは個々人がもつ個別的な意志のことです。この社会にはいろんな人がいます。各人はそれぞれ、異なった意見をもち、異なった利害関係のもとに置かれていますよね。だから当然、彼らが政治に望むこともそれぞれ異なります。そうしたさまざまに異なった各人の意志を単純に足し合わせていったのが、全体意志です。

 これに対して、一般意志は「公の利益を目ざす」といわれています。個々人の利害関心(私的な利益)を足していったものではなく、それらに共通する利益(公の利益)を求めるのが、一般意志だということですね。

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