サイゾーpremium  > 連載  > 丸屋九兵衛の音樂時事備忘「ファンキー・ホモ・サピエンス」  > 【連載】丸屋九兵衛の「ファンキー・ホモ・サピエンス」
連載
丸屋九兵衛の音楽時事備忘録「ファンキー・ホモ・サピエンス」【7】

虎と獅子の戦場を逃れてゲリラの娘は英国で開花

+お気に入りに追加

人類のナゾは音楽で見えてくる! ブラックミュージック専門サイト「bmr」編集長・丸屋九兵衛が“地・血・痴”でこの世を解きほぐす。

1401_FHS_01.jpg

『MATANGI』/M.I.A.

(発売元:ユニバーサルミュージック)
右記のデビュー作『Arular』、母の名を冠した07年の『Kala』、自身の愛称を用いた10年の『MAYA』に続く4作目。タイトルは自らの本名だが、ヒンドゥー教の女神の名でもある。それもあって、輪廻転生やカーマ(業)といったヒンドゥー思想が反映されたリリックが印象的。彼女の最大のヒットのひとつ、“Bad Girls”が収録されている。

 ネコ科の大型動物の分布から始めよう。

『ジャングル大帝』にしろ、(自分の権利にはうるさいが他人の権利には無頓着なディズニーによる)『ライオン・キング』にしろ、ライオンといえばアフリカというイメージが強い。だが実際にはインドにも生息しているわけで、ゆえに、インド起源の文化なり民族なりが伝播した地域には、ライオンをモチーフとした文物が見受けられる。その地に野生のライオンがおらずとも。

 たとえば、インドから伝わった仏教が「世界で最も熱心に信仰される」と言われるタイには、ライオン印のビール「シンハー」がある。また、インド系住民も多いシンガポールの象徴はマーライオンだ。そのシンハーとシンガポールに「シン」が共通しているのは偶然ではない。シンとは、北インド系言語でライオンを表す単語だから(シンガポール=「ライオンの都」の意味)。

 ネコ科のもう一方の雄、トラはライオンに比べて生息範囲が広く、北は高緯度のシベリアから南は赤道直下のスマトラまで。そして、中国にも、インドにもいる。

 つまり、ネコ科が誇る大型二強、ライオンとトラが共に生息しているのはインドだ。こう聞くと、つい「頂上対決」を夢想するが、実際には棲み分けているため、この二種が野生環境下で対決することはないという。

 だが、「ライオン」と「トラ」を名乗る集団が激突した例ならある。場所は、どちらの動物も実際には生息していない島国、インドの南に位置するスリランカだ。

 スリランカ史が語られることが少ないのは、近所の大国インドの陰で目立たないからか? そのインド同様に英国の植民地だったスリランカは、独立後も長らく引き裂かれてきた。英国お得意の「分割統治」の後遺症で。

 スリランカの人口の約7割は北インド系の仏教徒、シンハラ人。シンハラとは「ライオンの子孫」の意味だ(またも「シン」系語彙)。だからこそスリランカの国旗はライオン柄なのである。一方、総人口の2割弱にあたる筆頭マイノリティのタミル人は、南インド系のヒンドゥー教徒。分割統治の鉄則は民族対立を煽ることだから、植民地時代の英当局はあえて少数派タミル人を優遇した。

 スリランカの独立直後から、その反動が一気に噴出する。シンハラ人の政府はタミル人から選挙権を奪い、公用語をシンハラ語に限定、憲法で「仏教が至高」と謳い、穏健派のタミル政党まで非合法化。タミル人による抵抗運動は激化し、本格的な内戦が83年に始まる。それを指導したゲリラ組織が、LTTE(Liberation Tiger of Tamil Eelam)つまり「タミル・イーラム解放のトラ」だ。トラを名乗ったのは、かつて南インドに存在したタミル系王朝のシンボルがトラだったことに由来するものである。

 帝国主義時代の忘れ形見のような紛争は世界各地になんぼでもあるが、それらは音楽とは容易に結びつかない。ましてや、アーティスト自身のバックグラウンドと直結する例なんてほとんどない。

 その希有な例が、件の「タミル・イーラム解放のトラ」と近しいゲリラを父に持つタミル系スリランカ系イギリス人女性アーティスト、M.I.A.だ。本名はマタンギ・アルルプラガーサム、愛称はマヤで、芸名M.I.A.はその愛称にひっかけたものでもあるが、行方不明(Missing In Action)だった父親への言及でもある。

 父と生き別れ、難民として英国に移住したのは86年、10歳の時。その後、ロンドン芸術大学を優秀な成績で卒業した映像作家だった彼女が、音楽への転身を決意し、ゲリラたる父のコードネームを冠したデビュー作『Arular』を発表したのは05年のことだ。スリランカの内戦は09年まで続くから、当時はアーティスト名もアルバム自体も「リアルタイム・レポート」の感があった。こんな才能が、スリランカに災いの種を残してくれた英国から発信されたのは皮肉なことだが。

 脱政治化が著しいヒップホップ周囲にあってM.I.A.はデビューから今日に至るまで、世界各地に紛争が絶えない現実を存在そのもので代弁し、同時に鋭い音楽感性でミッシー・エリオットら米黒人をも唸らせる。主張だけでもなく、アート性だけでもなく、両方を兼ね備えたワン&オンリーなアーティストと言えよう。

丸屋九兵衛(まるや・きゅうべえ)
老舗ブラックミュージック雑誌あらためウェブサイト「bmr」の編集長だが、分野外の無駄な知識が膨大で「ダークサイドの池上 彰」と呼ばれる。自慢はコスプレ歴と、荒俣 宏のサイン。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

サイゾーパブリシティ