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萱野稔人の"超"現代哲学講座 第38回

連鎖する食糧危機への展望と盲信

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──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか……気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。

第38回テーマ「連鎖する食糧危機への展望と盲信」

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[今月の副読本]
『食の終焉』
ポール・ロバーツ著、神保哲生訳/ダイヤモンド社(12年)/2940円
小売店に足を運べば、生鮮食品から加工食品まで、あらゆる食糧が手頃な価格で手に入る。しかし、その裏側ではグローバリゼーションによる“食のシステム”が持続不可能になるという。破綻回避の方法は果たしてあるのか?


 虫を食べる、というと、多くの日本人は気持ち悪がるかもしれません。ところがいま世界では「昆虫食」がきわめて将来性のあるものとして注目されています。

 今年5月、国連の食糧農業機関(FAO)は「食べられる昆虫――食糧安全保障のための未来の資源」と題された報告書をまとめました。それによると、人類は今後、世界人口の爆発的な増加によって食糧危機に直面する可能性がとても高く、その食糧危機を克服するためには「虫を食べること」がひじょうに有効だということです。

 なぜ虫を食べることが食糧危機を克服するうえで有効なのでしょうか。それは昆虫を食べることが人間の栄養摂取にとって効率がいいからです。FAOの報告書は昆虫を「たんぱく質や脂肪、ビタミン、食物繊維などが豊富で、健康的な食用資源」だと位置づけています。

 とりわけ人間が摂るべき栄養として重要なのはたんぱく質ですね。人体の組成は、水分をのぞけばほとんどがたんぱく質でできています。そのたんぱく質、とりわけ動物性たんぱく質を摂取するのに昆虫はとても効率がいい。たとえば1キロの牛肉を得るには8キロのえさが必要になりますが、これに対し1キロの虫を得るには2キロのえさですむそうです。単純に考えて、虫は牛よりも約4倍の効率でたんぱく質を私たちにもたらしてくれるんですね。

 人口が増加するということは、人間一人に対して活用できる土地の面積が小さくなるということです。フィリピンにある国際稲研究所によると、地球が養える人口は最大で83億人だそうです。土地だけではありません。水も石油も、すべての資源には限界があります。

 現在、世界人口はすでに70億人を超えています。国連経済社会局人口部が今年6月に発表した報告では、その世界人口は2050年には96億人、21‌00年には109億人に達するといわれています。人口予測というのは多くの統計のなかでも予測の確実性が高いといわれているので、この数字から将来の世界人口が大きく外れることはないでしょう。つまり、このままいけば2020年代後半には世界人口はほぼ確実に83億人を超えてしまうのです。あと15年ほどで、地球が養うことができるとされる最大人口を超えてしまうんですね。

 ですので、現在のように私たちが畜産業をつうじて動物性たんぱく質を摂るライフスタイルをつづけているかぎり、近い将来、人類は深刻な食糧危機におちいらざるをえません。畜産業は牛や豚を育てるために大豆やトウモロコシなど大量のえさを必要としますから、それだけ広い土地や水も必要になります。この点、食用の昆虫を飼育する「畜虫業」は、えさが少量ですみますから環境にもやさしい。さらに畜虫業は小規模でもできることから、今後人口爆発が予想されるアジアやアフリカでは、貧困層に家計収入をもたらす手段としても有効だとFAOの報告書は指摘しています。

 いかがでしょうか。読者のみなさんも昆虫食の可能性をまえに、自分でも実践してみようと思ったでしょうか。おそらくそんな人は少数でしょう。多くの人は「たとえ食糧不足になっても昆虫なんて食べたくない」と思ったにちがいありません。なかには「虫なんて食べるぐらいならベジタリアンになるか、いっそ餓死でもしたほうがいい」と思った人もいるかもしれません。

 でも心配しないでください。本当に食糧不足になっておなかが空けば、昆虫だってなんだって食べるようになります。実際、現代の日本でもイナゴや蜂の子などは地域によっては食べられていますよね。それに、実際に昆虫食が普及するとしたら、それはハンバーガーのパティ(肉)のように加工されて虫とは似ても似つかない形状においてでしょう。

 それよりも心配すべきなのは食糧危機そのもののほうです。いまの飽食の日本では食糧危機といわれてもあまりピンとこないかもしれません。なにしろ、日本では年間1700万トン以上の食品廃棄物が発生し、そのうち、売れ残りや規格外品、食べ残しなど本来は食べることのできた食品が廃棄される「食品ロス」は500~800万トンに上りますから(2010年度農林水産省推計)。この食品ロスは日本の年間コメ生産量(約850万トン)に匹敵するほどの量です。

 しかしその一方で日本の食料自給率は39%しかありません(2012年度、カロリーベース)。生産額ベースですら68%しかないのです。それだけ日本は食糧危機の影響を受けやすい国だということです。食糧危機になれば、どの国も自国民への食糧供給を最優先しますから、日本はすぐに「そもそも食糧を売ってもらえない」という状況におちいってしまうのです。

 たとえば2010年、130年ぶりといわれる深刻な干ばつに見舞われたロシアでは穀物生産が大幅に減少し、ロシア政府は穀物の輸出制限措置をとりました。もちろん自国民への食糧供給を優先させるために、です。その結果、穀物の国際価格は高騰しました。1973年の食糧危機のときには、アメリカが大豆の輸出を禁止しています。大量の大豆を消費し、その輸入をアメリカに頼っていた日本はその禁輸措置によって大混乱におちいりました。

 そもそも穀物というのは、通常の年でも、国内の需要を満たしたあとの「あまり」しか国際市場に輸出されません。せいぜい生産量の15%程度しか穀物は輸出されないのです。トウモロコシにいたっては生産量の6%しか輸出されないといわれています。ですので、気候変動などで穀物生産が15%の不作になれば、たちまち貿易量はゼロになってしまう可能性があるのです。たとえそこまでいかなくても、わずかの供給量の落ち込みで国際価格は大きく上昇してしまいます。事実、1993年に日本ではコメが平年よりマイナス26%の不作になり、日本が国際市場でコメを250万トン買い付けた結果、コメの国際価格は約2倍に高騰しました。

 食糧危機は日本にとって決して他人事ではありません。それどころか先進国のなかでは例外的に食料の自給率が低い日本は、その影響をもろに受けてしまう数少ない先進国なのです(一般に食料自給率の低い国は、生産性の低い途上国に集中している)。

 食糧不足をもたらすのは世界人口の増加だけではありません。干ばつや温暖化、冷夏などの気候変動もそうですし、土壌の侵食もあなどれません。資源価格の高騰によって肥料調達が難しくなることも食糧不足をもたらします。なかでも水不足はもっとも深刻な要因です。食糧生産に水は欠かせません。茶碗一杯分のコメを生産するためですら300~4‌00キログラムの水が必要になりますし、100グラムのビーフステーキをつくるには2トンもの水が必要です。

 ポール・ロバーツ著『食の終焉』はこの水不足がいかに深刻なのかを強調しています。たとえばアメリカで広大な地域の水源となっているオガララ帯水層は30年以内に干上がってしまうといわれています。古代から中国の文明を支えてきた黄河でさえ、いまや工業化による大規模取水がすすんで、たびたび「断流」が起こるようになっています。

 カネがあれば食糧は海外から買える、という状況は決して「当然のこと」ではありません。『食の終焉』では、国内の余剰農産物を処分したい先進国が、一方では補助金をつかって低価格で自国の農産物を輸出し、他方では輸入国の農業保護政策を「関税障壁だ」と非難してきた様子が描かれています。しかし食糧危機になれば、そうした農業輸出国が手のひらを返したように食糧を売ってくれなくなるというのは、過去の経緯からも明らかです。食料を他の貿易品と同じように自由貿易の論理で考えることはできません。「輸出国と供給協定をむすんで、食糧供給を保証してもらえばいいではないか」というのは、カネがあれば食糧を輸入できると盲信する、ただのお人よしの考えなのです。

かやの・としひと
1970年、愛知県生まれ。03年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。津田塾大学准教授。主な著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)など。近著に『最新日本言論知図』(東京書籍)、『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)など。

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