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佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」 第55回

巷で話題の3Dプリンタと「MAKERS」ただし”製造業の個人化”はまだ先だ

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進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!

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現在話題を集めているデスクトップ型3Dプリンタ「FORM 1」(上)。3Dプリンタでのモノの製作は、画像下のように出来上がっていく。

 クリス・アンダーソンが、『FREE』『SHARE』に続く新著『MAKERS』で、3Dプリンタを取り上げた。これにより、近年じわじわと高まっていた3Dプロダクト熱が一気に盛り上がる格好となっているが、真の意味で誰もが「MAKERS」になる未来は、まだ少し先なのではないだろうか──。

「3Dプリンタ」という電子機器が、たいへんな話題になっている。引き金は、「ワイアード」の編集長を最近まで務めていたクリス・アンダーソンの新著『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』(NHK出版)だ。アンダーソンは「ロングテール」という言葉を作り出した人としても有名で、アメリカのウェブのオピニオンリーダー的存在だ。

 この本は、今後の産業構造を考えていく上で必読の本だ。これまで垂直統合されていたものづくりの世界までもがIT産業と同じような水平分離の波に呑み込まれ、オープン化し、個人の手に担われていくであろう未来が語られている。その変化の象徴として取り上げられているのが、3Dプリンタという機器なのである。

 通常、プラスチックなどの素材を造形するためには、金型を使って射出成形する方法が採られている。金型を作るのには数十万から数百万円かかり、個人が手を出せるようなものではなかった。これに対して3Dプリンタは金型を使わず、ごく薄い板状のプラスチックを積層して造形する仕組みになっている。しかも最近は10万円を切る製品が登場し、個人でも手の届く範囲に降りてきた。

 この3Dプリンタにより、「個人で営む製造業」という、新たな家内制手工業のような世界が来るというのが、『MAKERS』の趣旨だ。

 しかし3Dプリンタが万能であるわけではない。同書で大きく取り上げられたために、まるで3Dプリンタさえ安価に普及すればすぐにでも「個人の製造業」が実現するかのように誤解する人が増えている気がするが、それはちょっと言い過ぎだ。

 例えば「フォーリン・アフェアーズリポート」誌11月号で、マサチューセッツ工科大のニール・ガーシェンフェルド教授はこう指摘している。「設備の整った施設でも、3Dプリンタは4分の1の仕事に利用され、残りはその他の工作機械が担っているのが現実だ。これは3Dプリンタの動作が遅く、試作品を作るのに数時間から数日を要するためだ。その他のコンピュータ制御型装置のほうが部品を早く作れるし、より細かなモノ、大きなモノ、軽いモノ、あるいは硬質なモノにも対応できる」

 そしてこう続ける。「3Dプリンタに関する記事は、電子レンジが未来の調理器具だと称賛した1950年代の記事に似ている。電子レンジは便利だが、それが他の調理方法を淘汰したわけではなかった」

企業から個人へ、ではない製造業の地殻変動

 実際のところどうなのか。先日、家電ベンチャーCerevoの岩佐琢磨氏と話す機会があったので、率直な質問をぶつけてみた。同社は、PC不要でインターネット生中継が行える「LiveShell」などを作る、人気急上昇中のベンチャーだ。

 そこで彼と話した結論から言えば、3Dプリンタは将来的にはさまざまな可能性を秘めているものの、現段階では製造業のイノベーションは、もう少し別のところで起きている。

『MAKERS』では、製造業が企業から個人の手に移る未来が描かれている。だが企業から個人へと、一足飛びにものづくりが移るのではない。今起きているのは、「企業→個人」ではなく、「大企業→小規模ベンチャー」という地殻変動だ。これまで大企業の製造ラインでなければ生産できなかった電子機器が、小ロットを生産する小規模なベンチャーでも生産可能になってきているのだ。

 電子機器は、大まかに分ければ3つのモジュールから成り立っている。基板、部品、筐体(ガワ)だ。このうち基板と部品については、少量の注文にも応じてくれるメーカーが大量に存在し、ネット経由で注文できるまでになってきている。問題はガワだった。ガワを安価に作る方法がこれまで存在しておらず、これがベンチャーが電子機器を製造販売するひとつのハードルになっていた。

 スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが1976年に発表したアップルの最初の製品「Apple I」は、ガワのない基板と部品だけのコンピュータだった。ガワを安価に生産する方法がなく、このような形でしか発売することができなかったのだ。ちなみに日本でも同じ年、国内最初のパソコンとして知られるNECの「TK-80」が発売されたが、やはり基板のみだった。

 ガワを作るには、2つの方法がある。まず第一は先述の、射出成形する方法。プラスチックは原価が非常に安く、金型さえあればいくらでも複製できるので、安価に生産できる。しかし金型の作成にコストがかかり、小ロットでの生産には不向きだ。

 第二の方法は、アルミなどの金属材質の削り出し。削り出しそのものに1つ数万円ぐらいかかり、大量生産には向かない。しかし金型は要らないため、初期コストがかからないという大きなメリットがある。

 つまり、ガワを作ろうとすると「高価な初期コスト+安価なコピー」の射出成形か、「初期コストなし+1つ製造するのにそこそこの金額」の削り出しか、という選択肢になる。そこに3Dプリンタという手法が現れた。金型が不要で、安価に造形が行える。これが、3Dプリンタが革命的である最大の理由なのだ。

 だが現在の3Dプリンタは、まだ発展途上だ。「紙に印刷するプリンタでいえば80年代のドットインパクトプリンタレベル」という話もあるほどで、現在の高精細なインクジェットやカラーレーザーにはまだ遠い。

 Cerevoの岩佐氏が注目しているのは、3Dプリンタよりも削り出しだという。削り出しはコンピュータ制御の工作機械であるCNCによって行えるが、これはいまだに高価で、3Dプリンタのように個人で手に入れられるレベルではない。しかしCNCを数台揃え、削り出しを請け負ってくれる小さな工場が、中国内陸部などに大量に現れてきている。こうした工場に発注することで、ベンチャーの小ロット生産も十分に可能になってきているのだという。

 岩佐氏は「これはインターネットでいえば、90年代終わりぐらいの段階じゃないでしょうか」と指摘した。コンテンツは、ネット以前はマスメディアが独占し、一方的に配信されていた。ところが90年代半ばからインターネットが普及して配信経路がオープン化され、ネットメディアが大量に登場。そして00年代半ばになると、ブログやソーシャルメディアなどのプラットフォームが出現し、ウェブ2・0と呼ばれるムーブメントとなって「個人が情報を発信する」というパラダイムへと転換した。

 このコンテンツとネットの関係を、モノと3Dプリンタなどの工作機械に当てはめれば、今は配信経路がオープン化して小規模なネットメディアが大量に現れてきた時代。おそらくもう少し技術が進化すれば、ウェブ2・0ならぬ「MAKERS2・0」みたいなムーブメントが出現し、ものづくりが個人に回帰していくということが起きてくるのだろう。

(文/佐々木俊尚)

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佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年生まれ。毎日新聞、アスキーを経て、フリージャーナリストに。ネット技術やベンチャービジネスに精通。主な著書に『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『「当事者」の時代』ほか。

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