サイゾーpremium  > 特集  > スポーツ  > 【猫ひろし】騒動で露呈した国籍変更問題

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『猫ひろしのマラソン最速メソッド』(ソフト
バンククリエイティブ)

──マラソンのカンボジア代表権を得るため、国籍を変更した猫ひろしの騒動は記憶に新しいだろう。欧州では五輪が開催されるたびに、多くの選手が国籍を変更するというが、その背景にはどのような問題があるのだろうか? 在日アスリートの心境と共に、浮き彫りにしてみたい。

「スポーツと政治は無関係である」──そう語ったのは国際オリンピック委員会(IOC)第5代会長の故アベリー・ブランデージだ。

 しかし、実際には五輪と政治は常に密接に関係してきた歴史を持つ。詳細は【特集『五輪と政治の、深くて長いキケンな関係』】に譲るが、国家の建設と国威の発揚、国のアイデンティティの確認、政治体制の承認やボイコット、社会的・経済的な価値の推進など、五輪につきまとう国家問題は多々あり、選手が持つ国籍に関しても、そのひとつであろう。

 今回の五輪において、国籍問題でメディアをにぎわせていたのはお笑いタレントの猫ひろしだ。2011年、日本国籍を捨ててカンボジア国籍を取得し、同国のフルマラソンの代表選手として五輪出場を目指していた。いったんは同国の男子マラソン代表に内定したが、国際陸連が定める国籍変更後の居住実績(1年以上)を満たしていないことが発覚、参加資格を取り消されてしまった。

 アスリートとしての去就が注目を集めたが、あるスポーツ紙記者は「『カンボジア人として4年後のリオデジャネイロ五輪を目指します!』なんて、会見では言っていたけれど、次回大会は38歳。ランナーとしてはピークを過ぎているし、体力的にも難しいでしょう」と語る。

 また、週刊誌スポーツ担当記者はこう語る。

「カンボジア代表として五輪出場はならなかったけど、今も東京に住んで活動しているようじゃ、4年後も同じ議論の繰り返しでしょう。五輪切符獲得は”支援”という名の買収金と多額の協賛金によるものと週刊誌などで報じられていますし、ましてやカンボジアマラソン界のエース、ヘム・ブンティン氏が出したカンボジア新記録の壁も越えられていない。ただ、ブンティン氏が走ったコースはフルマラソンの距離である42・195キロに達してなかったという疑惑も一部で囁かれているが、これは猫ひろしへの反感がカンボジア国内であったものとも受け取れる」

 実は同時期、同じ国籍問題でニュースになった選手がいた。フィギュアスケートのペアで高橋成美と組んでいたカナダ人のマーヴィン・トランだ。

 トランは今年3月の世界選手権で日本にペア初の銅メダルをもたらした実力派だが、現状、日本代表ではあるものの、国籍を日本に変更しないと五輪には出場できない。世界選手権の場合、ペアのどちらかの選手が国籍をもつ国に所属して出場することが可能だが、五輪ではチームごとに各国で編成する選手団に所属することになるので、選手それぞれに出場国の国籍が必要とされている。

 当時は「日本のためにメダルを取れたことはとてもうれしい。けれども、カナダの市民権を失うことは大変なこと。関係者と話し合っている」としていたが、最終的に14年のソチ冬季五輪に出場するため、日本国籍を取得することを決断した。ただ、日本国籍取得には「5年以上日本に住所を有すること」などの条件を満たす必要がある。前出のスポーツ紙記者は、次のように語る。

「日本スケート連盟の橋本聖子会長は、トランの国籍変更を超党派のスポーツ議員連盟に働きかけると話していましたし、自民党のスポーツ立国調査会も国籍取得を支援する方針を固めています。現状ではトランのソチ五輪出場は厳しいと思いますが、特別な功労があった外国人には特例が認められるケースがあるそうです。ですが、今後の国際大会で日本代表として結果を残さなければ、国籍取得が厳しいことに変わりはないでしょう。ここまでトランの国籍に協会や政治家がこだわるのは、ソチ五輪では、日本で唯一のペア種目選手、高橋・トランが出場できなければ、日本のフィギュア競技でのメダル獲得は難しいと言われているためです」

 五輪のメダル獲得が、国の威信を高め、人気や競技人口を増やすなど大きな効果があるのは、周知の通り。

「実際、06年のトリノ冬季五輪で荒川静香が金メダルを獲得したからこそ、現在のフィギュアスケートの人気があると言っても過言ではないでしょう。協会側が必死になるのもわからなくもないですが、動き出すのがとにかく遅い。特に高橋・トランのペアは09年のジュニアグランプリファイナルで2位になっており、その段階でいずれ五輪出場となるであろうトランの国籍が問題になるのはわかっていたはずなんです。こういった後手に回る日本のお役所的な対応が、競技や選手の人気に歯止めをかけている」(同)

 もちろん、これらの問題に対して、五輪の本質的な意味がなくなると批判する意見が多いというのは当然だ。だが、欧州ではこうした問題は国際的な大会に常につきまとうという。欧州の事情に詳しいスポーツジャーナリストの話。

「国籍を変更して五輪に出場するケースは、世界的には実はそこまで珍しくありません。多重国籍が認められているイギリスでは、ロンドンが五輪開催地に選ばれた05年以降にイギリス籍を取得し、出場権を獲得した選手は代表選手になった約550人中、50人ほどいるそうです。こうした状況下で、果たして国家の代表がせめぎ合う五輪が成立するのでしょうか? 国籍という概念が軽視され、才能を効率的に買い集める状況が進行すれば、いつかは五輪という大会の意義そのものが失われてしまう」

 こうした国籍変更問題は何も猫ひろしやトランなど、”見える”ところばかりで起こっているのではない。あまり知られていないが、日本では国と国の狭間に立たされて常に頭を悩ませてきたのが、在日コリアンアスリートたちだ。

東洋の魔女のエース 60年代、女子バレーを牽引したひとりの在日選手

 在日アスリートや韓国スポーツに詳しく、『魂の相克~在日スポーツ英雄列伝~』(講談社)の著者でスポーツジャーナリストの大島裕史氏は「両国の狭間で悩み、苦しみ、葛藤しながらも戦い続けた在日コリアンアスリートはたくさんいますが、そうした歴史的事実はあまり語られていません。事実、今でも出自を隠している在日スポーツ選手は数多く存在しますし、実は日本に帰化して五輪に出場した選手も少なくありません。最近では、在日4世でサッカー日本代表の李忠成がその象徴でしょう」と語る。

 11年1月のサッカー・アジアカップの決勝延長戦で、渾身のボレーシュートを決め、日本を7年ぶり4度目の優勝に導いたシーンは記憶に新しい。韓国にルーツを持つ在日4世の李が注目されるようになったきっかけは、日本に帰化して出場した08年の北京五輪だ。李は同大会出場前、こんなことを語っていた。

「五輪がなかったらこれほど注目されることもなかっただろうし、帰化することもなかったと思う。五輪出場をきっかけに、在日コリアンとして悩む人たちの、ひとつの手本のような存在になりたい」

 また、李の父親である李鉄泰氏も、週刊誌のインタビューでこんなコメントを残している。

「19歳のとき、韓国代表になっていれば、今も忠成は在日韓国人のままだったでしょう。人生はわからないものですよ。でもね、サッカーをやるなら世界中の選手が地球人として同じ器にいる。国籍の壁なんて本当に小さい問題。私はそう思っています」

 李は04年のU-19韓国代表候補の最終合宿に参加したが、結果は不合格。韓国語を話せず、疎外感を感じ、何より在日コリアンに対する冷ややかな空気を感じていた。そして、悩みぬいた末に日本への帰化を決断した経緯がある。

 大島氏は、そんな李についてこう話す。

「韓国のアスリートからすれば、”在日”は同胞である一方、競争相手になった瞬間、敵になる。代表の枠を争うわけですからね。そういう状況で李がサッカー選手として成功する可能性のある日本を選択したのは、自然な流れだったと思います。しかし、民族名の李を残して帰化したのは異例なことで、彼が『2つの道があることを示したい』と語っているように、在日の新たな生き方を示したのは確かでしょう」

 大島氏は李のような在日コリアンがこれから増えるのは時代の流れとしつつも、一昔前は出自をあかすことはタブーとされてきた風潮があったという。

「そんな時代に、日本代表として五輪に出場した在日アスリートがいます」と大島氏。

 それが元バレーボール日本代表の白井貴子氏だ。在日2世で、本名は尹正順。彼女が選出された女子バレーボール日本代表は、東京五輪での金メダルをはじめ、メキシコ五輪とミュンヘン五輪で銀、モントリオール五輪でも金と、60年代半ばから70年代にかけて黄金期を迎えていた。

「モントリオールでの金メダル獲得に大きく貢献したのが白井氏でした。当時はエースとして圧倒的な活躍を見せ、チームを引っ張った人物。彼女は高校まで本名を名乗っていましたが、日本代表の声がかかり、五輪に出場を果たすために日本国籍を取得しました。そこで名前も白井貴子に変えたわけです」

 また、白井氏には「韓国代表の練習に参加して、なじめなかったから日本を選んだ」という噂があったが、大島氏がそのことを直撃すると、こんな言葉が返ってきたという。

「そもそも(韓国の)パスポートを持ってないじゃないですか。私は日本で教育を受けて、日本でバレーボールを始めて日本でうまくなりました。民族とかは考えたことがなかったです」

 同じ在日でも生まれた環境によって、国籍やアイデンティティ、五輪に対するとらえ方、考え方が違ってくるのは当然のことなのだ。

隠れた名選手たち 両国で五輪を目指した在日アスリートたち

 また、五輪にこそ出場していないが、五輪を目指しながらも李忠成のように本国との狭間で揺れ続けた在日アスリートもいる。

 まずはプロレスの一時代を築いた長州力。在日韓国人2世で、ミュンヘン五輪にレスリング韓国代表として出場した経歴の持ち主だが、その事実を詳しく知る人は少ないに違いない。大島氏は続ける。

「長州力は高校、大学のレスリング部で頭角を現し、五輪予選を兼ねた全日本選手権で優勝するなど実績を残しましたが、日本国籍でないため、日本代表として五輪出場はできませんでした。そこで選択したのが韓国代表への道。在日アスリートが韓国代表として五輪に出場した珍しいケースでした」

 本名は郭光雄。実は今も韓国籍で、日本国籍の取得は考えたことがないそうだ。

「ルーツである韓国・忠清北道に行ったこともないそうですが、『帰化をしたらベースがなくなる』と言っています。李忠成にも『国籍変えたら根っこがなくなるぞ!』って言ったらしいですが……(笑)。韓国人としての魂を今も持ち続けているんですよ」(大島氏)

 そしてもうひとりは、格闘家の秋山成勲。

 秋山と聞いて思い出すのは、日本では06年の大晦日に行われた『K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!』で戦った桜庭和志との”世紀の一戦”だろう。試合は秋山が勝利したが、全身に保湿クリームを塗って戦ったとしてルール違反で無効試合。ファイトマネーの全額没収とFEGが主催する大会の無期限停止で、日本では完全にヒールとして扱われた。

 そんな秋山は、かつて五輪を目指し、柔道の韓国代表と日本代表として戦った経歴を持つ。

「大学時代から韓国の国体にも出場していて、それから柔道に力を入れている釜山市庁にスカウトされたんです。でもシドニー五輪の韓国代表選考会では明らかに勝っていたにもかかわらず判定負けを喫して五輪出場を逃しており、これは在日ということが不公平な判定につながったとも言われています。それだけではなく、韓国の柔道界には柔道名門の龍仁大学の選手や出身者には、有利な判定が働くというケースがあったり、韓国ナショナルチームトレーニングセンターの泰陵選手村の練習環境は『いわゆる軍隊式で、自分には合わない』とも言っていました」(大島氏)

 ただ、こうしたことが01年の日本国籍取得につながったのかといえば、そうではない。

「秋山が02年に日本代表として出場して金メダルを獲得したアジア競技大会のとき、韓国の記者から『韓国の生活に何か不満でもあったのか』と聞かれて、『柔道をする環境が自分に合っていないと感じた。どのスポーツにも派閥はある。それが理由で帰化したのではない』と答えています」(同)

 秋山にとっては日本、韓国ともに自分の居場所だ。一時は両国でヒール扱いされ、つらい思いを経験してはい上がったからこそ、両国で今でも一目置かれているのかもしれない。ちなみに秋山は格闘家として活動する一方、韓国ではCM、ドラマにも出演し、バラエティ番組にも引っぱりだこの人気を誇る。

 さて、今もなお、こうした在日アスリートが登場する土壌が日本にはあるが、スポーツにおける国籍のとらえ方が価値観を多様化してきたのは事実だ。

 大島氏は「これはひとりの日本人の意見として聞いてほしい」と前置きしてこう語る。

「在日の生き方はそれぞれで、その時代に振り回されながら苦悩して決断したからこそ今がある。例えば日本に帰化して日本代表として戦うことについて賛否はつきものですが、それを認めてあげるのも大切だと思います。また、日本人の中には『日本代表になれるのに、なんで韓国にこだわるんだ……』という人もいます。でも、それが彼らの生き方なんです。アスリートは、自分が納得できればそれでいいのではないでしょうか。スポーツ選手はそれが大原則です」

 アスリートなら、五輪で自分の可能性を試したいと強く思うのは、ごく自然なことだろう。ただ、そのために国籍を変更して他国の代表選手として出場するとなれば話は別だ。それを肯定するのか、否定するのかという問題もつきまとう。

 韓国では今年5月、Kリーグ・全北現代所属のブラジル人、エニンヨの帰化申請が通らなかった問題が話題になったが、却下理由は「韓国文化への適応度を考慮して不適格と判定した」というもの。韓国の大手新聞記者によると「国民の中には国家代表という名誉ある場所に在日選手や帰化選手がいると歯がゆい気持ちになるし、抵抗を感じる」という意見がある一方、「エニンヨのような帰化選手がいることで、ワールドカップや五輪の成績アップにつながるなら賛成」との声もあるという──。

 五輪という商業的ビッグイベントの裏には、こうした問題も確かに隠されているのだ。

(文/金 明昱)

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