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第1特集
国籍を変える選手たちの悲哀【2】

Jリーグの国籍問題をあらわにした宮澤ミシェルの悲喜こもごも

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Jリーグの在日枠に適応されたあるアスリートの半生──。

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藤原紀香(!)と同じ芸能プロ、サムデイに所属する
宮澤ミシェル。(事務所HPより)

 サッカーのJリーグでは、日本国籍をもたない外国籍選手との契約は、1チーム3人まで。しかし、外国籍であっても学校教育法第一条に定める学校(以下、一条校)を卒業した選手には、この外国人枠とは別に1チームひとりという「特別枠」(=在日枠)の適用が可能になっている。

 現在では日本の大学を卒業した北朝鮮代表の梁勇基(ベガルタ仙台)や安英学(柏レイソル)などがその適用対象になっているが、この「在日枠」は韓国・朝鮮籍を持つ在日選手にだけ適用されているわけではない。在日アメリカ人、在日フランス人、在日ブラジル人などそのほかすべての国籍にも適用されるということだ。

 この在日枠が最初に適用されたのが、フランス人の父親と日本人の母を持つ元Jリーガーで、現在はサッカー解説者として活躍する宮澤ミシェル氏だ。

 千葉県立市原緑高校出身の宮澤氏は、日本でサッカーを続けるためにフランスから日本に帰化しようと動きだしたが、当初、フランス政府がそれを認めなかった(当時の日本は父系血統主義だったのでフランス国籍)。理由は「子どもに国籍の大事さがわかるわけがない」とのこと。社会人になったあとも駐車違反や信号無視などの微罪により、許可が下りなくなるというから、厳しい壁に悩まされていたのがよくわかる。

 だが、周囲の協力もあり、1981年のびわ湖国体で、国体史上初の外国籍選手として出場。かつては甲子園で活躍した台湾国籍の王貞治氏が国体に出られなかったこともあり、大きな注目を浴びることになった。その後、国士舘大学、フジタ工業サッカー部(現・湘南ベルマーレ)、東日本JR古河SC(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)でプレー。Jリーグ開幕の93年までに、国籍の壁に阻まれないようにと、日本サッカー協会が「在日枠」を規定に入れた。同年、宮澤は日本国籍を取得し、94年には日本代表入りしているが、ケガにより試合出場は叶わなかったのだ──。

 この時の宮澤は31歳。選手としてはまだまだ現役として活躍できる年齢だったが、日本代表としてピッチに立つことはなかった。ちなみに、乃木坂46の宮澤成良は実娘である。

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