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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第75回

2011年は国家による合法的な「いじめ」の年。"忘年"してはダメだ!!

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

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12月9日、新刊『飲んで暴れて惚れて』(三才ブックス)発売記念パーティを開催。萌えクィーン初代グランプリのほか、河北新報の広報部長がスピーチをしてくれた。東日本大震災発生後、彼はすぐに社員の炊飯器を集めて記者のために握り飯を作った。「いちばんの仕事をやったと思う」と語っていた。

 あっという間に過ぎ去った2011年。「今年の漢字」やさまざまな場面で「絆」という言葉が叫ばれたが、私に言わせれば、11年は「恐喝」の年である。もっとわかりやすく言うと「いじめ」の年だ。

 それを最も象徴している出来事は、強制停電と放射性物質である。原発事故が起こってしまったことは仕方がない。ただ、そのあとで国家が強制執行に近い形で停電を行ったことは、「スイッチひとつでおまえらの命なんか簡単に奪えるぞ」と国民を恐喝したも同然だ。国民は黙るしかない。拡散した放射性物質は「除染している」と言っていたが、除染されたものはどこへ行ったのか。受け入れるところなんかない。絆や倫理、道徳なんてものでは決して解決できない、身もふたもない話である。国家による合法的な国民いじめである。

 縦軸にいじめ、横軸に厭世観。このマトリクスに生きたのが11年。最終的に行き着いた究極のいじめは、子殺しや親殺しである。12月には、大手ゼネコンの会社員が「仕事がうまくいかない」という理由で10階から1歳の子どもを投げ落とした。国家は国民をいじめ、国民は自分より弱い者をいじめるようになった。

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