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第1特集
アウトローが介入し始めた 日本版資本主義の成り立ち

宮崎 学×萱野稔人対談──『近代ヤクザ肯定論』のススメ【後編】

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萱野 戦後というテーマからは外れてしまうんですが、資本主義とアウトローという問題でいえば、僕は1884年の秩父困民党事件【註9】に注目しています。この事件は、資本主義の確立期にアウトローがどのようにして体制に利用されるようになっていったのかを、よく表しているからです。

 もともとこの事件は、高利の借金のために窮乏化し土地を失いかけていた農民たちが、博徒たちに率いられ、借金の据え置きや利息の棒引きを要求して蜂起したことが始まりでした。つまり、資本主義体制の中に組み込まれつつあった農民が、その資本蓄積のシステムを実力で粉砕しようとしたのが困民党事件です。これに博徒を中心とするヤクザが深くかかわった。蜂起軍の「総理」田代栄助も「副総理」加藤織平も博徒で、各村の「小隊長」も大部分が博徒でした。

宮崎 困民党だけでなく、博徒は群馬や山梨、三河など各地で騒擾・激化運動に加担していますね。アウトローが反権力になっていくのは、権力から捨てられたことに対して、というのもあります。たとえば戊辰戦争【註10】でもアウトローが使われた。(薩長の)藩権力は、「屠勇草奔隊」が奮戦している間は「抜群の戦功」と評価したけど、いざ戊辰戦争が終わって藩の面目が立つと、容赦なく切り捨てた。戦が終われば、もはや不要で、「士族採用」という約束も反故にしましたね。草奔隊全員について、「新規一代限り抱えの輩」にすぎないとして、平民籍に戻してしまった。利用し尽くした後に前言を翻して、簡単に切り捨てて顧みないというのは、昔の話ではないんですよ。ずっと、そのようなことが繰り返されてきました。国際的に見てもそうですね。

萱野 困民党事件では博徒が農民反乱に深くかかわったことに治安当局はひどくショックを受けて、博徒たちの有効活用を考えるようになります。そしてその後、土地を失った農民たちは都市に流出し労働者になっていき、博徒たちは土建業や炭鉱業で労務管理を担うようになっていく。農村を追い出された農民と博徒が再び資本のもとで出会うわけです。まさにマルクスのいう本源的蓄積のリアルな姿が、ここにあるんですね。

宮崎 困民党とアウトローの関係は、だいぶ研究されるようになってきたけど、ずっと隠された歴史でした。

 さて話を戦後に戻すと、経済復興期から朝鮮特需を経て、60年代の高度成長期から80年代の不動産バブルへ向かう。アウトローは、その時どきで活躍の場があった。80年代バブル期から少し後くらいまでは、政治の「錬金術」はけっこうあって、政治家から絵をもらって、その絵を特殊な画廊に持っていくと買ってくれる。もちろんカネは政治家が画廊に渡している。マネーロンダリングの基本だけど、実は不動産バブルそのものも同じ構造だった。画廊のポジションにアウトローがいて、銀行と政治家の間に立っている。

 最後に二束三文の「絵(=不動産)」を持っている人が損をするけど、それは誰もがわかっていた。場合によっては絵ではなくて抵当権とかね。最後のリスクを引き受ける人間がアウトローなんです。銀行はそこがわかっているのに、利用するだけして使い捨てる。9月24日には全銀協が「暴力団」関係者の口座開設を拒否する方針を発表しました。暴対法も、80年代バブルの責任をアウトローに押し付ける目的がありました。そもそもモノを作って運んで売るのがビジネスや経済の基本であり、銀行による不動産の転売というのは人工的というか、不自然なんですね。

萱野 銀行は転売の利益で儲けて、その一方で、最後にババ抜きのババを引いてくれるアウトローを探すわけですね。アウトローは地価が上げ止まって売れなくなった不動産をつかまされて損をするという。

宮崎 アウトローは、損をするのはわかっているけど、その前に儲けています。一方、銀行は絶対に損をしないようにできています。バブル処理の公的資金導入もそうですが、ゼロ金利政策で助かったのも銀行。一般の金利をゼロにすることで、自分たちは血を流さずに済みました。

萱野 80年代は、アウトローにとっても転換期といっていいですね。

宮崎 そう。バブル前と後ではかなり違います。92年に施行された暴対法も、実質的には山口組対策法でした。全国進出を続ける大組織への新たな頂上作戦です。もうひとつ、バブルの失敗をヤクザに全部押し付けるという意味もありました。地上げや総会でヤクザにさんざん世話になっていたのに、銀行を中心にヤクザを切っていったのです。

萱野 そんな中、いわゆるフロント企業と本体との分離は、関東系のアウトローのほうが早かったんですよね。神戸芸能社のように「山口組」だとみんながわかるような存在は、関東では少なかったのではないでしょうか?

宮崎 関東のヤクザは、総会屋系が多かったしね。ダミー会社を作って、伝票だけでカネが動くというフロント企業的発想は関東からです。総会屋も出自は愚連隊とかヤクザが多かったんだけど、戦後の総会屋は株主の要求を突っぱねたりするために会社によって作られたものですね。三菱重工がべ平連の運動を潰す【註11】のにも総会屋が使われています。

萱野 そうした企業と総会屋との関係が変わるのも80年代ですよね。商法が改正され、総会屋が締め出されていくとともに、警察OBが総会屋対策として企業に入り込んでいったという。

宮崎 80年代は露骨にヤクザ利権に警察が介入してきたね。84年の風営法改正には、ヤクザ排除と天下り受け入れがセットになってた。(ヤクザのシノギである)パチンコ屋とソープランドの許認可と取り締まりの両方を警察が担当する。腐敗が生まれないわけない。

 もうひとつの見方としては、ヤクザが作ったビジネスを警察が奪っていったということ。警備業界だって警察官の天下り先になってるけど、警備業というのは、元はヤクザがやっていた用心棒のわけだから。興信所だってそう。法的な規制とともに警察利権になっていったでしょ、ヤクザはビジネスモデルを全部持っていかれてるというわけ。

萱野 90年代後半からのITバブルはどうですか? アウトローも結構おカネを出していますよね。

宮崎 90年代は、マザーズなどの新興市場が出てきて、上場基準もゆるくなっていって、最低限の基準をクリアするだけで上場できた。そうすると、上場企業という「信用」で市場からカネを集めやすくなるけど、これって実体はない。でも、これが新自由主義的経済です。てこ(レバレッジ)を利かせてカネを大きくしていく。でも、結局はバブルなんですよ。サブプライム、リーマンショックと続いてるのに、反省がない(苦笑)。だけど、混乱している場所にこそヤクザの活躍の場もあります。今はかつてのようなヤクザ組織は成立しなくなっており、「残った人間が生きていける組織」ではなくなっている。ヤクザは経済の「影響」を一番受けやすく、最近のシノギがきついのは、暴対法の成果などではなく不景気だから。そういえば、バブルの頃にいい思いをしたのもヤクザでしたね。

萱野 ITバブルといえば、ライブドアの堀江貴文さんが有名ですが、マスコミではさんざん裏社会とのつながりが指摘されていましたが。

宮崎 いや、それは違うんじゃないかな。堀江君とはイベントで話したりするけど、アウトローとのつながりは薄いと思う。そういえば彼と会った新宿のイベント会場には、民主党政権になってから公安警察が来なくなったとオーナーが話していました。検察も警察も政権が変わるとスタンスを変えざるを得ない。これはアウトローも同じなんでしょうね。

【註9】 1884年、埼玉県秩父郡の農民が政府に対して起こした武装蜂起事件。
【註10】1868年~69年。「王政復古」を掲げて成立した明治新政府が薩摩藩と長州藩の軍事力により佐幕派(親江戸幕府勢力)に勝利した。
【註11】ベトナム戦争に反対するベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)が軍用機などを製造していた三菱重工の株を購入、71年の株主総会への参加を決定したが、重工側は総会屋2000人と右翼300人を動員して総会会場を封鎖した。

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宮崎 学(みやざき・まなぶ)
1945年、京都府生まれ。早稲田大学在学中は日本共産党・民青系学生運動に参加。その後、「週刊現代」(講談社)記者を経て、『突破者』(南風社、現在は新潮文庫)で作家デビュー。近著に『近代ヤクザ肯定論』(筑摩書房)、『談合文化論』(祥伝社)など。


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萱野稔人(かやの・としひと)
1970年、愛知県生まれ。津田塾大学准教授。哲学者。著書に『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『金融危機の資本論』(青土社/本山美彦との共著)など。


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