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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第18回

危機に揺れるデトロイト その誇りは永遠に

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【今月の映画】

『グラン・トリノ』
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(C)2009 Warner Bros. Entertainment Inc. and Village Roadshow Films (BVI) Limited. All Rights Reserved
口が悪くて頑固で偏屈、人種差別主義者の老人ウォルトは、妻に先立たれ、ひとり孤独な日々を送っていた。ある日、そんな彼の宝物であるヴィンテージ・カーのグラン・トリノを、隣りに住むモン族の少年タオが盗もうとして失敗。タオの謝罪をしぶしぶ受け入れたことから、2人の奇妙な交流が始まって……。
監督・製作・主演/クリント・イーストウッド 出演/ビー・バン、アーニー・ハーほか 配給/ワーナー・ブラザース映画 日本では4月25日より、丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー

文藝春秋の依頼で、ビッグ3危機に揺れるデトロイトに取材に行った。かつて栄華を極めたモーター・シティは、巨大な廃墟と化していた。

「アメリカを支えた自動車産業を見捨てるな!」と訴える労働組合の集会に行き、「日本車を恨んでる?」と尋ねた。80年代、デトロイトの労働者たちは日本車を叩き壊すだけでは足りず、日本人だと勘違いして中国人青年を惨殺する事件まで起こしている。

「いや。俺たちは昔ほどバカじゃない」組合の運動員は答えた。「『グラン・トリノ』も観たからな」

『グラン・トリノ』はクリント・イーストウッドがデトロイトでロケし、年老いたフォードの自動車組立工を自ら演じた映画だ。誰が観ても感動できる傑作だが、100パーセント理解するには、デトロイトの歴史とモン族について知る必要がある。

 イーストウッド演じるウォルト・コワルスキーは、ポーランド移民の二世。20世紀初め、アメリカに渡ってきた彼の父親は母国語すら読めない貧農の息子だった。同じ頃、デトロイトでヘンリー・フォードが流れ作業による自動車組み立てシステムを開発し、東欧、イタリア、アイルランドからの非WASP「新移民」と南部から流れてきた黒人を雇って、自動車の大量生産を始めた。

 デトロイトで筆者が会ったケヴィン・クロリッキーの祖父も、ポーランド移民だ。

「爺さんも親父もフォードで働いた。親父は管理職になり、別荘さえ持った。そして僕と弟の2人を大学に行かせたんだ。アメリカン・ドリームだよ!」

 それほど自動車産業は儲かっていた。60年代、アメリカ人の6人に1人が自動車関係の仕事に就き、世界最大の企業GMの会長は「我が社の利益はアメリカの利益だ」とまで言ってのけた。

 その絶頂期、72年にコワルスキーはフォードの工場でグラン・トリノにハンドルを取り付けていた。グラン・トリノは、シャーシのフレームにボディが乗った伝統的なアメ車。とにかくデカい。彼は今もその車を大切にし、ピカピカに磨き上げている。

 ところが73年、石油ショックでガソリンの価格が跳ね上がると、鈍重でガソリンを食うアメ車の人気は急落し、燃費が良くて安くて高性能の日本車が売れ始めた。デトロイトはノンストップで崩壊していった。労働者の三代目は大学を出た後、自動車産業に就かなかった。クロリッキーもロイター通信の記者になった。それでもコワルスキーの息子よりマシだ。

「わしが50年間、フォードを作って育てた息子は今、トヨタのセールスマンをしてやがる」

 コワルスキーの隣人たちは、職を求めてみんなデトロイトを去った。町は黒人のホームレスとギャングだらけになった。コワルスキーの隣の家にも有色人種が引っ越してきた。モン族の一家だ。

 モン族はラオスに住む山岳民族だが、現在、およそ27万人がアメリカに住んでいる。「影のベトナム戦争」に参加したからだ。60年代、南ベトナムでは反政府ゲリラ、いわゆるべトコンが米軍を悩ませていた。べトコンは北ベトナムから武器支援を受けていた。武器は隣国ラオス王国内の反政府軍パテト・ラオの勢力圏内を通る「ホー・チ・ミン・ルート」を経由していた。米軍はこれを断ち切りたかったが、ラオス国内での軍事活動は国際法で禁じられていた。そこで、ラオス領内のモン族をゲリラに訓練してパテト・ラオにぶつけたのだ。

 アメリカは物資や金でモン族を懐柔した。もともと狩猟民であるモン族は優秀な戦士として勇猛に戦い、4000人近くが戦死した。ところが75年にアメリカはベトナムから敗退、モン族を置き去りにした。パテト・ラオはラオスの政権を握り、モン族を弾圧した。命からがらタイに脱出したモン族は、アメリカに「亡命」を求めた。

 コワルスキーは、朝鮮戦争で戦った敵以外のアジア人を知らなかった。彼にとって黄色人種はみんなグーク(アジア野郎)でしかない。日本人と間違えて中国人を殺した自動車労働者と同じように。

 そんなコワルスキーが、ひょんなことからモン族の少年を「一人前の男」に鍛え上げるハメになる。彼は嫌々ながら、「アメリカの男」の必修科目を教えていく。庭仕事、家や車の修理、乱暴な言葉、ナンパの仕方、そして正義。少年と心を繋いだコワルスキーは、最期に戦争で殺したアジア人たちへの贖罪を果たす。それは、ダーティ・ハリーやガンマンとして悪人どもを処刑してきたイーストウッド自身の贖罪にも見える。

 後にはグラン・トリノが遺された。デカく、強く、重いグラン・トリノはコワルスキーの、デトロイトの、アメリカの男の魂だ。それは少年に引き継がれた。この映画は古きアメリカへの切なくも美しい挽歌であり、同時に、多民族国家アメリカへの希望なのだ。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。新著に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文藝春秋)、『アメリカは今日もステロイドを打つ USAスポーツ狂騒曲』(集英社)がある。tomomachi@hotmail.com


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