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「マル激 TALK ON DEMAND」【183】

インボイス制度で廃業に追い込まれる小規模事業者

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――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]

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三木義一(みき・よしかず)
[弁護士、青山学院大学名誉教授]

1950年、東京都生まれ。73年、中央大学法学部卒業。75年、一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。博士(法学)。静岡大学法学部教授、立命館大学法学部教授、ドイツ・ミュンスター財政裁判所客員裁判官、青山学院大学学長などを経て2019年より現職。元政府税制調査会専門家委員会委員。


今年10月1日からインボイス制度が導入される。その影響は決して小さくはなく、多くの小規模事業者が廃業に追い込まれる可能性があるという。一部では反対運動も起こったが、野党は一部を除き国会でもたいした追及はしていない。また、大手メディアも沈黙したままだ。税制全体で考えたとき、インボイス制度の導入は理にかなっているのだろうか?


神保 今回は、10月1日から導入されるインボイス制度を取り上げます。多くの小規模事業者が廃業に追い込まれる可能性があると指摘されるなど、非常に問題が多い制度ですが、必ずしもきちんと報道されていないため、市民社会がまだこの問題の重大さを十分に認識できていないようにも見えます。また、インボイス制度を正しく理解するには、税金、とりわけ消費税とは何なのかを理解する必要があります。そこで今回はゲストに税法の権威で元青山学院大学学長でもある三木義一さんをお招きしました。

そもそも「インボイス」というのはタックス・コードと呼ばれる登録番号が書かれ、消費税額が明示された請求書のことで、「適格請求書」と訳されます。1987年の中曽根政権下で売上税が猛反発を受けて廃案になった時、もっともやり玉に挙げられた「税額票」を横文字にしたものですが、当時は誰が何を嫌がったのでしょうか。

三木 事業者が率先して一大反対運動をやりました。最大の理由は、税額票を出すためには課税事業者にならなければならず、仮に免税事業者がそのままでいれば税額票を出せないため、取引先の負担増により排除されてしまう、ということです。これが非常に大きな問題で、「第2の法人税を押し付けるな」という反対が一番大きかったと思います。

神保 当時は消費税の導入前でしたが、それは増税につながることが認識されていたと。今回インボイスが導入されれば、一部の人たちにとっては、事実上の増税になってしまうのですね。

宮台 そのポイントが、一番の入り口でありながらわかりにくいところかもしれません。結果だけいえば、免税事業者になってしまえば取引を止められてしまう可能性があるということですね。

神保 そこが少しややこしいところかもしれません。1989年の消費税導入以降、年間の売り上げが1000万円以下の小規模事業者やフリーランスは消費税が免除されていました。しかし、インボイス制度が導入されると、免税事業者で居続けることが難しくなってしまうということですね。

その理由を簡単に説明すると、例えば宮台さんが売り上げが1000万円以下の免税事業者、三木さんが課税事業者で私が発注元の事業者だったとします。両者が同じ料金でほぼ同じサービスを提供している場合、これまではどちらに発注しても、私が納めなければならない消費税に変わりはありませんでした。ところが新しい制度の下では、宮台さんに発注すると、三木さんに発注した場合より私が払う消費税が増えてしまいます。なぜなら消費税を払っている三木さんはインボイスを発行することができ、消費税を払っていることが証明されているので、私は私の売り上げにかかる消費税から三木さんに払った消費税を控除、つまり差し引いてその差額だけを税務署に払えばいい。しかし、宮台さんは非課税業者でタックスコードを取得できないのでインボイスを発行できず、宮台さんは私から受け取った消費税を払っているという証明がない。そのため、三木さんとの取引では控除できた消費税分まで、宮台さんとの取引では発注元の私が支払わなければならない。そうすると、サービスの内容と価格が同じなら、私にとっては三木さんと取引したほうが得になる。もしくは宮台さんのほうがより安い価格でサービスを提供してくれるか、同じ値段でも明らかに優れたサービスを提供していない限り、私が宮台さんと取引を続ける動機が失われてしまうわけです。

つまり、インボイス制度が導入されると、取引相手にとって免税事業者は「消費税分の値上げ」をしたのと同じことになります。そうなれば取引先は免税事業者よりも課税事業者と取引したほうが有利になり、免税事業者は仕事を受注しにくくなってしまうのは当然です。要するに、インボイス制度というのはこれまで消費税が免税されてきた小規模な事業者に対して、課税事業者となり消費税を納め始めるか、取引上不利になることを承知の上で免税事業者でい続けるかの二択を迫る制度だということです。

インボイス制度導入により増える税金と事務負担

宮台 特別な技能があれば違いますよね。

神保 その通りです。しかし、ほかでは真似のできない特殊技能を持っている人なんて、一体どのくらいいるでしょうか。一部のクリエイティブな技能を除き、ほとんどのサービスはほかに代わりがある場合が多いと思います。また「小規模な免税事業者」だけが影響を受けると簡単にいいますが、現在全国にある858万の事業者のうち、年間売上が1000万円以下の小規模な免税事業者はその半分以上を占める488万もあります。その中には、フリーランスの声優やアニメーター、ライター、建築現場の一人親方などが含まれます。数的には小規模事業者はとても多く、日本経済は小規模事業者が下支えをしているといっても過言ではない。今のところ政府はインボイス導入によって、全国488万の免税事業者のうち160万くらいが課税事業者に転換するという試算を出していますが、実際はやってみないとわからない。インボイスはもうこの10月から実施されますが、現時点で登録しているのは40万事業者程度で全体の1割にすぎません。

先ほどもいいましたが、10月以降、免税事業者は2つの選択肢のひとつを選ばなければなりません。まず、売り上げが1000万円以下であろうがどんなに少なかろうが、とにかくタックスコードを取得して課税事業者になりインボイスを発行できるようにする。そうすれば課税事業者と対等に競争できる立場に立つことはできますが、これまで免除されてきた売り上げの10%を消費税として納めなければならなくなり、単純にその分だけ減収となります。

そしてもうひとつ、タックスコードを取得せず、免税事業者のままでいるという選択肢もあります。しかしそうなるとインボイスを発行できないため、取引相手が仕入費用の税額控除を受けられなくなり、取引先に対しては実質的な値上げとなるため、契約を解消されたり、新たな契約が取りにくくなる可能性があります。

三木 宮台さんがおっしゃるように、仮に免税事業者が非常に特殊な技能を持っていれば、その人との契約は解消できないので取引業者が負担することになります。

神保 インボイス制度の導入により、政府は2480億円の増収を見込んでいます。つまり、その分だけ増税になるということです。

ただ、課税事業者になるというのは、単に消費税を納めればいいというわけではありません。消費税額を確定させるためには細かく帳簿付けをしなければならなくなりますし、後で税務署から脱税だの申告漏れだのといわれたくなければ、税理士に依頼をする必要も出てくるでしょう。ひとりとか家族だけで事業を営んでいる零細事業者にとっては、この事務負担の増加も決して馬鹿になりません。6月12日の衆院・決算行政監視委員会で岸田首相は税率を上げたり、新しい税金を作ったわけではないので「増税ではない」と言い張っていますが、明らかに一部の人、それも小規模・零細事業者にとってはまぎれもない増税であり、事務負担の増加となります。これはどう見ても増税ですよね。

三木 何らかの制度の変更に伴い税収が上がる場合も、増税措置といえるのではないでしょうか。インボイス制度は確かに税率の引き上げによる増税ではありませんが、実質的な増税措置になることは間違いありません。

宮台 私も完全に増税だと思います。

神保 現在、日本の消費税収は年間22兆円です。インボイスの導入によって増収となる2480億円はわずかその1%あまりにすぎません。その1%のために、低所得の人をここまで締め上げることに意味があるのでしょうか。

三木 今まで見てきた時点では釣り合いません。しかし財務省にいわせれば、制度の健全化を通じ、将来的には必ずこれが効果をもたらすというのではないでしょうか。

神保 将来的には、どういう効果をもたらすと考えられるのですか。

三木 これまでは免税業者の取引分も、免税業者の価格の中に消費税が含まれているという前提で取引業者の売り上げから引いていました。その分の税収が“減っていた”わけですが、こういうものがなくなることで税収の漏れがなくなります。また、モノを仕入れるほうは税額を大きくしたいと考え、売るほうは小さくしたいと考えるので、緊張関係が生まれます。お互いが牽制するため、税が適正なものになっていくという考え方です。

神保 相互牽制型税制、つまりお互いを監視し合う制度になるから税金が入りやすくなる。それを「健全化」と呼んでいるんですね。

このようにインボイス制度の問題は、要するに消費税問題なんです。そもそも消費税というのは、消費税法の第5条で「事業者は消費税を納める義務がある」とされているように、事業者が売り上げに対して払う税金であって、消費者には支払う義務はありません。にもかかわらず、事業者は自分たちが10%の税金を払わなければならなくなったからといって、勝手に小売価格に10%を乗せて徴収している。これはどういう権限でやっているのでしょうか。

三木 売買契約は自由なので問題ありません。

宮台 売る側が権利として値付けできるということですね。

神保 でも、値札に消費税と書いてその分を徴収するのは本来おかしい。法律上、消費者には消費税の負担義務はないのですから。

消費税の歴史を見ると、1989年に消費税3%が導入され、その際に税額を別に表示する、いわゆる外税が認められました。それを見た消費者は、自分たちにも消費税を支払う義務があるのかと勘違いしてしまいます。外税という表記は厳密にいえば間違いではないでしょうか。意図的に消費者に誤解を生じさせ、消費税分を負担することに抵抗感をなくさせるという意味で、外税方式というのは少なくとも適正な価格の表示方法には思えないのですが。

三木 法律上は、外税にしなければならないわけでも、内税でなければならないわけでもありません。これはあくまでも実施上の対応にすぎないわけです。しかし外税にしてみたら消費者は、消費税という税金が実際に消費行為にかかってくるという印象を受けました。それで値上げしにくくなった。今度は内税にしてオブラートに包み、皆が忘れた頃に上げようとしたんです。

神保 電気代が上がったから商品を値上げするように、事業者は消費税を取られるようになったから、単純にその分、小売価格を値上げしたのだと。しかし世の中のほとんどの人は、あれは値上げではなく、消費税分を納めているから仕方ないのだと思っているはずです。

宮台 「外税」として始まったので、消費者は消費するときにかかる税だと思います。私もずっと消費税は消費者に支払う義務があるのだと思っていました。

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