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更科修一郎の「批評なんてやめときな?」【69】

幽霊、批評なき音楽教養番組の虚無。

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――ゼロ年代とジェノサイズの後に残ったのは、不愉快な荒野だった? 生きながら葬られた〈元〉批評家が、墓の下から現代文化と批評界隈を覗き込む〈時代観察記〉

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江藤淳も中村とうようも西部邁も最後は自殺しているので、批評家なんて嫌われるだけで何も報われないんだな、とつくづく思う。

コロナ禍のテレワーク(ICT)以前から引きこもりの文筆業なので、1日中、音楽やラジオを流しているのだが、その音楽もすっかりSpotifyやAmazon Musicなどサブスクで聴いているから、納戸に詰め込んだCDの山に困っている。あらかたMP3にエンコード済みなので、まとめて売ってしまえばいいのだが、今さら売っても二束三文だろうし面倒くさい。あと、30年間にどれだけ給料やギャラを注ぎ込んだのだろうか、と思うと暗澹たる気持ちになる。

膨大な金を注ぎ込んで得たのは、構築した趣味と体系化された知識だが、最近はサブスク時代のマニュアルなのか、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)や『ヒャダ×体育のワンルーム ミュージック』(Eテレ)など、J-POPの音楽的技術を批評的に語る「教養」番組も多くなってきた。確かに『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に代表されるヒットチャートカタログ的な番組を見ても、同時代的な音楽はジャンルが細分化・拡散しすぎて文脈が見えないことが多いので、あればありがたいし、バラエティ番組としても面白い。

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