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オトメゴコロ乱読修行【71】

『血の轍』は絵空事ではない!息子を“小さな彼氏”と呼ぶ母親の香ばしい承認欲求

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――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

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『血の轍』1巻(押見修造・著/小学館)

息子を溺愛するあまり、執拗に過干渉する母親。その壮絶な毒親サイコっぶりが描かれるマンガ『血の轍』が話題だ。

主人公は中学2年生の静一。その母・静子は、静一を日頃からバカにしている静一の従兄弟・シゲルを崖から突き落とし、事故を装う。さらに、静一に好意を抱く少女からのラブレターを、「受け入れられない」と言って静一と一緒に破り、泣きながら抱き合って口と口でキス。相当なタマだ。

これを「過保護な母親を誇張して描いた絵空事」と片付けることはできない。なぜなら、“静子予備軍”ともいえる母親が、現代日本には相当数いるからだ。彼女たちは幼い息子を“小さな彼氏”と呼んで愛で倒している。「#小さな彼氏」でインスタグラムにあふれる、息子とのお出かけデート風景やかわいい寝顔。そこでは「ママだいすき」「ママかわいいね」「ママを守る!」といった息子の言動にどれだけキュンとしたかが、高い熱量で報告されている。ほぼ“萌え”の域だ。息子との口チュー写真や、息子にタキシードを着せたママとの手つなぎ写真をアップするツワモノもいる。

こういった息子の恋人扱いは以前からネット界隈でモヤつかれていたが、先だっての5月、そのモヤつきがついに爆発した。星野リゾートのリゾナーレ熱海が企画した「ママと息子の初めてのお泊まりデート〜お月見編〜」が炎上し、サイトから削除されたのだ。これは「母親と6歳以下の息子」が2人で宿泊するプランだが、内容はなかなか香ばしい。まず、幼い息子がホテルスタッフから「お月見タイムではママの手を引いて案内してあげよう」「レストランでママが座るときは椅子を引いてあげよう」といった、ホストテクニックさながらの“レッスン”を受ける。そして、ママの似顔絵を描かせてママを喜ばせ、ママの好みをもとにランプやブランケットの色を選び、タキシード姿でママを“エスコート”。夜はおそろいのパジャマを着てママにブランケットをかけ、ママを文字通りキュンとさせるのだ。

「なんちゃって」にしては、息子に求める疑似恋人的ふるまいの本気度が高すぎる。ネットには「息子に対する性的搾取だ」といった嫌悪感満載のコメントも見受けられた。ただ、結果的にアウト事案だったとはいえ、企画側に一定のマーケティング的な裏付けはあったはずだ。つまり、このようなニーズは現実に存在する。絵空事ではない。

なぜそんなニーズがあるのか。筆者は実際に幼い息子を持つ母親数人にヒアリングしたところ、ひとつの結論を得た。

母親が承認欲求を満たすためである。

現在の日本では、産後育児の大半を母親が担っている。夫は申し訳程度にしか手伝ってくれない。結果、自由に出歩けず、人間関係も劇的に狭くなる。就業していても、産休や時短勤務で職場との距離は広がる。彼女たちは「こんなに日々奮闘しているのに、褒めてくれる人も、ねぎらってくれる人もいない」孤独で疎外された状態に陥るのだ。

『血の轍』でも、静子が言う。「静一が生まれてから、ずーっとひとりぼっち」「私の家なんかどこにも無いんさ」

孤独にさいなまれた状態で子どもが泣きやまなかったり、言葉が遅かったり、良質な保育園に入れられなかったりすると、母親たちは「私の努力が足りないのでは?」という罪悪感にかられ始める。自己評価は地の底まで落ちていく。

そんなとき、全身全霊で大量の愛を浴びせてくれるのが、幼い我が子だ。赤子はひとりで生きていけない。母親のことを“必要”だと、あらゆる瞬間に訴え、頼ってくる。幼い息子は母親の存在を全肯定する(しないと、生きていけないからだ)。結果、母親は承認欲求が満たされる。自分の存在意義を確認できる。

母親が息子からの愛で満たされる、それ自体は悪いことではない。しかし、存在意義の確認手段が“息子”だけになってしまえば、危険だ。酒好きは悪いことではないが、酒がないと生きていけない状態がヤバいのと同じ。クスリならもっとヤバい。息子が依存性の高い麻薬と化してしまう。

こうなると、息子が自分から離れて自立することに耐えられなくなる(だからガールフレンドの存在も認められない)。やがて、息子との間に「精神的に自分を頼らなくては生きていけない」ような関係性を結ぼうとする。いわゆる共依存だ。

しかし、疑問も残る。「全身全霊で愛を浴びせてくれる幼い我が子」が、なぜ娘ではダメなのか。筆者のこの疑問に、ある母親(2歳の息子あり)は即答した。

「男は同性に認められれば満たされるけど、女は異性に認められないと満たされないんだよ」

確かに、そうだ。世代によって違いはあれど、基本的に男の価値はホモソーシャル的な空間の中で大半が決定される。男はいつだって、同性から「一目置かれたい」と願い、同性のライバルを出し抜き、ひざまずかせることで自己肯定感を上げてきた。猿山のボス猿を頂点とするヒエラルキーそのまま。異性からのニーズ指標である“モテ”にしたところで、結局は“撃墜マーク”の数を同性同士で比べることで可視化されてきた。

しかし女の自己肯定感は、同性からのねぎらいや評価だけでは、なかなか上がらない。現実問題として、「仕事ができる女」の称号はどうしたって“男連中”から認められないことには獲得できないし、“生物学的なオンナとしての価値”が、男からの(性的)ニーズで決まってしまう理不尽な現実もまた、依然としてあり続けている。

娘(同性)では満たせないものを、息子(異性)は満たしてくれる。それが言霊化されたのが、“小さな彼氏”というネーミングだ。そこには、「いつまでもオンナとしてキュンとしたい。大切にされたい」という怨念めいた心の叫びが詰まっている。まさに、言霊。

本来、彼女たちの承認欲求や自己肯定感をケアしたり“オンナ”として扱うのは夫のはずだが、おそらく彼女たちの夫は、その役割を十分に果たしていない。妻へのねぎらいや称賛や「恋人扱い」を怠っている。『血の轍』でも、静子と夫の間は完全に冷めているばかりか、静子の夫への不信感は非常に強い。

それでなくとも、夫は成熟したひとつの人格なので、100%妻の思い通りにはなることはない。必ずやその言動に、どこかに不満やいらだちが生じる。しかし、幼い息子は100%自分の思い通りになる。いわば、「自分がもっとも自由にできる異性」なのだ。

“小さな彼氏”は、承認欲求 ・ 自己肯定感 ・オンナとしての「キュン」に加えて、支配欲まで満たしてくれる。蜜の味だ。そりゃあ、いつまでも手放したくなくなる。

思春期の息子を「彼氏」扱いする母親が、中学 ・ 高校で問題になっているそうだ。彼女たちは、息子にガチで悩みを相談したり、愚痴を言ったりする。あたかも、依存気質のメンヘラ女性が彼氏にそうするように。当然ながら、息子の精神的負担は重い。母親の言うことだから無下にはできず、「僕がなんとかしなきゃ」と、本来は子どもが背負うべきではないプレッシャーを背負ってしまう。こうして共依存関係は、より一層強化されていく。

その行く末の格好のサンプルが、やんごとなき姫様の婚約相手である“海の王子”とそのご母堂であることは、皆様お察しの通り。

[今月の格言]
母親に全身全霊で愛を浴びせる幼い息子は依存性の高い麻薬と化す

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。著書は『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編集担当書籍は『押井言論 2012-2015』(押井守・著/サイゾー)、『団地団~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著/キネマ旬報社)など。

『血の轍』
(押見修造・著/小学館、既刊11巻)
静一はガールフレンドとのイチャコラでパンツに精液が付着。それを見つけた静子は、パンツを掲げながら仁王立ちで静一を詰める。「それで? おまえからしたん? 向こうから、してきたん?」「出ちゃったって… いつ出たん? どうやって出したん? どんなふうに出たん?」。最後は「きったない」とつぶやき、正座する静一の頭にパンツを叩きつける。もう本当に怖い。

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