サイゾーpremium  > 連載  > クロサカタツヤのネオ・ビジネス・マイニング  > 【ベビーテック】の伝道師が語る普及の道
連載
『クロサカタツヤのネオ・ビジネス・マイニング』第74回

【クロサカタツヤ×永田哲也】誰がテクノロジーで幸せになれるのか?「ベビーテック」の伝道師が語る普及への道筋

+お気に入りに追加

通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!

2003_P104-107_graph_520.jpg
●育児休業取得率の推移
出展:平成30年度雇用均等基本調査(速報版)より引用

――フィンテック、スリープテックにエドテック、いろいろテックはあるけれど、なんだかどれも大して普及していないように見えるのはどうしてなのか。子どもとその親のためのベビーテックもどうなのかと思ったら、日本の第一人者からして「あと5年はかかる」とのこと。でも、5年で普及するなら、もしかしたらそれはまだまだマシなほうなのかもしれない。

2003_P104-107_img001_230.jpg
19年から始まった「Baby Tech Award Japan」。3月には、2020年の受付が開始される。(BABY TECHのウェブサイトより)

クロサカ 年明け早々から米ラスベガスで開催されたCES【1】を視察してきました。毎年、参加していますが、さまざまなテクノロジーのトレンドを知ることができる貴重な機会です。その中で5GやMaaS【2】といった、いかにもな展示だけでなく、「ベビーテックサミット」というカンファレンスが行われていました。文字通り、技術で子育てを助ける製品やサービスを取り上げたイベントで、2016年から開催されているそうです。実は日本でも「ベビーテック・アワード・ジャパン」として19年から開催されています。今回は、そのベビーテック・アワード・ジャパンを主催しているパパスマイルの永田さんをお招きしました。

永田 17年に「BabyTech.jp」というウェブメディアを作りました。その頃から、アメリカではベビーテックという概念があって、ベビーテックアワード、サミットというのをやっているのは知っていて、日本でもいつかやりたいって思っていたんです。19年のCESに行って、BabyTech Awardsをやっているところの舞台袖で、主催者のひとりをつかまえて「僕らも日本でBabyTech Awardsをやりたい」って言ったら「やれば。やらない理由はあるの?」と言ってもらって、19年6月にベビーテック・アワード・ジャパンの第1回をやったんです。今年もCESに行って、今度は主催者のロビン・ラスキンさんをつかまえて、包括的な提携の約束を取り付けました。

クロサカ CESにはベビーテック・ショウケースというコーナーができていましたよね。

永田 はい。ロビンさんからは、日本のアワードの上位3チームを今年のCES ASIAと来年のCESに連れてこいって言われています。ロビンさんはCESに出展しているアメリカ以外の国のベビーテック関係の状況もよく知っていて、日本の製品も完成度が高いと注目されていたそうです。うまくいけば、日本の製品を最短コースで世界に広げることができるかもしれません。赤ちゃんの問題は、文化が違えど世界中どこでも同じだと思うんですよね。病気のことや夜中のミルクのこととか。だから、日本だけのニーズでなく、世界中で同じ課題に直面している。

クロサカ 日本ではまだまだベビーテックという言葉自体が知られていないのに、製品の完成度が高いっていうのは面白いですね。

永田 子どもに対して使うので、ゆるく作れないという事情もあるんですよね。新しいものなので、そもそもリスクをどうやって取るのかというところが難しい。だから、今日本で一番お金が集まっているベビーテックは、保育ICTと呼ばれる保育園向けの業務クラウドソリューションや、赤ちゃんのお昼寝を見守るデバイスなんです。前者は業務システムで私立園や自治体が顧客だったりするし、後者も確実さが求められるので、いずれにしても堅くなってしまう。だから、今のベビーテックは保育園や幼稚園向けが一番の市場で、コンシューマ市場はまだまだこれからですね。

クロサカ 要件が厳しいのは、考えてみれば当然ですよね。簡単に止まってしまうような見守りカメラでは、心配で使えません。ニーズが共通だから世界にマーケットが広がっているのは確かですが、でも世界中で一定水準以上の要件を求められるので大変です。

永田 だから、深センとかで安物を調達してきても売れないんですよ。中国製の安価なウェブカメラを買ってきても、Wi-Fiにつなげるだけでひと苦労だし、そういうのに詳しくて自分で解決できるお父さんじゃないと無理。だから、日本の大手企業が作っている見守りデバイスは、Wi-Fiじゃなくて独自の無線技術を使っているんですよね。

クロサカ うーん、そのへんはもっとカジュアルにいろんな技術やデバイスが増えているんだと思っていました。

永田 動体センサーで、赤ちゃんが動いたのがわかるといった機能はありますが、その上でデータを使ってAIが判断したりというものは、まだまだですね。欧米のIT企業が出しているベビーテック製品も、独自開発のデバイスを展開しているスタートアップを除くと、大手企業は中国の中でも信頼性が高いものを探してきて、OEMで売っている段階です。だから、実物を見れば、中国のあそこがオリジナルだなってわかります。

クロサカ 日本の製造業も、そうやって中国製品を扱ってきましたが、今の日本企業にはできていないんですか?

永田 現状日本の大手企業は、そのリスクを取ろうとしないので難しいと思います。一方のスタートアップには、信頼性や品質を見極める能力がない。ただ、日本国内での製造コストが下がってきているので、中国で作るよりも国内で作ったほうが、精度や品質がいいものが作れるというケースも出てきました。ベビーテック・アワード・ジャパン2019で大賞を取った「hugsafety」は、お昼寝の様子をモニターするサービスでマットレスの下に敷いて呼吸を検知できるセンサーを使っています。そのセンサーは、バイオシルバーという日本の会社が作っていて、海外にはまだここまでの精度のものはないんです。ただし、そのセンサーは10万円を超えてしまうので、補助金が出る保育園などなら導入できても、一般家庭だと難しいですよね。そこの性能と価格のバランスをどうするかっていうのが課題です。

クロサカ 子育てってマーケットとして難しいですよね。うちの子どもも、もう中学生と小学校高学年なので、やっぱり親のほうも赤ちゃんだった頃にやっていたことの記憶が、少しずつ希薄になっているんですよね。たぶん、おむつ替えは今でもできるけど、以前のようにスムーズにはいかないと思う。ニーズがあるのは確かなのに、なかなかブレイクスルーまでたどり着かないというのがわかる気がします。

永田 ベビーテックがまだブレイクスルーしていない理由のひとつとして、常時接続(コネクテッド)じゃないからというのがあると思っています。固定回線を引く人が減って、スマホでしかネットを使っていないという人が増えていて、そのせいでデータの取り方だったり、リモートでのコントロールだったりといったところに不都合が生じている。だから、5Gへの期待は大きいですね。

 もうひとつの理由として、保育園のIT利用の遅れもあります。全国に1万2000くらい私立の保育園がありますが、そのうち3割くらいがようやくITを使って業務をするようになった段階。ベビーテックや保育ICTなんてレベルだけじゃなくて、Google Docsで会議の資料を作り始めたという程度のところも含めても3割強になる程度です。私立でそういう状況ですから、公立公営の保育園にも保育ICTが自治体主導で入って、それがコネクテッドになって、子どもたちの状態が絶え間なく見られるようになる。さらには、遠隔でもインフルの診断ができるとか、他園での診察状況から警戒指令を自動的に出したりできる。ここまで情報化を進めて、IT基盤として整備されないと、ブレイクスルーは遠いですよね。だから、日本の中で「これが当たり前」という世界が来るのは、25年くらいかなって思っています。

クロサカ その見立ては5Gの普及と同じですね。5Gの場合、25年にきちんと普及させるためには、遅くとも23年にはスタンドアロンのサービス【3】を本格的に開始してないといけない。

永田 BabyTech.jpを始めてから、「まだ早すぎるんじゃないの」って言われるんですけど、今啓蒙しておかないと何も始まらない。25年にまともなプレイヤーが出てくるようにするためには、僕らが今出てきているサービスを皆さんに紹介することで、質のいいものが評価されたり、それをまとめてお客様に提供したり、保育園が導入したりっていう形を作っていかないと。ベビーテックの必要性は、働き方改革の文脈や保育士不足というようなところから、ベビーテックデバイスのニーズもありますけど、まずはテクノロジーで親をいかに支えるのか、という観点が大事だと思います。

クロサカ はい、だから5Gにしろベビーテックにしろ、25年をターゲットとするなら、議論できるのは今年までですよね。

永田 実際にウチの会社に相談に来ていただいている大手メーカーにうかがうと、25年を意識されていて、そのために今年度のうちに新規事業として立ち上げを意識して動いている。だから、正直なところ、市場が成熟して僕らが稼げるようになるのにも、あと5年かかるっていうことで、それまでどうやって稼いでいけばいいのかという悩みでもあります(笑)。

クロサカ まさに、イノベーションの悩み、ですよねえ。

永田 ただ、社会全体を変えていかないといけなくて、今の社会は子どもがいることが、完全にハンデになっているじゃないですか。

クロサカ そうなんですよ。現在の、子育てをするにちょうどいい年齢層の人たちは、今の状況を見て「厳しいかな」と、警戒してしまっている。だから、子どもを持たないという判断になる。それを変えていけば、たぶん社会もガラッと変わると思うんですよね。でも、それはテクノロジーだけでは解くことができない。

永田 なので、今の世代のためのロールモデルを早く確立したいって思いはありますね。子どもを育てる上でのベースライン、最低限必要なことは何か、データとエビデンスを元にして示してあげる。それをBabyTech.jpやベビーテック・アワード・ジャパンの中で提示していきたいですね。僕らはテクノロジーを軸にしてメディアをやっていますけど、ほかにもパパ向けメディア、ママ向けメディアがありますし、もっと出てきてほしい。どこかのメディアが覇権を取る時代ではなくて、メディア同士がリレーションシップを取って、全体として親たちの意識やリテラシーを底上げしていきたい。

クロサカ 弊社内でもよく話題になるんですけど、少なくとも僕らが見ている日本の社会において、テック系とかIT産業ってまだ若い人のものなんですよね。人間が加齢していくことを前提にしたテクノロジーではなくて、若い人たちのカルチャーしか考えてない。日本に限らないと思うんですけど、日本は高齢化が進んでいるから、それを最近ひしひしと感じます。つまり僕ら自身もテクノロジーも、まだ大人になっていない。でも、そうした状況でも、子どもが生まれると否が応でも大人として振る舞わざるを得ない。

永田 結局は当事者意識だと思うんです。結婚などで誰かと一緒に生活するってことが、大人になる第1関門だけど、そこでのマインドセットってあまり変わらなくなってきた。だから、第2関門の子どもができたとなると、いきなり20年計画の育成プロジェクトがやって来てしっちゃかめっちゃかになる。その時にテクノロジーが人々を支えていかないと、子育てってずっと暗中模索だし、ストレスフルなものになってしまう。子どもはかわいいし、やりがいがあるけれど、それだけではやはり厳しい瞬間が毎日ある。そこを支えてあげるのがベビーテックなんじゃないでしょうか。

クロサカ 女性からすると、どうしても男性は子育てにおける当事者意識が小さいように見えてしまう。父親になったわりに情けない男性の一人として思うのは、女性のほうが先に成熟して大人になっているように思えるということ。だからベビーテックも本当はベビーのためではなくて、大人になれない男性を支えるものだといいのかもしれない。

永田 大人になれない男性を支えるという意味では、パパスマイルという社名でベビーテックにかかわるというのは必然だったのかもしれませんね(笑)。

―対談を終えて―

「難しいけれどとても広大な市場がベビーテックにはある」という永田さんのそんなご指摘を受けて、ハッと目が覚めた思いでした。

 確かに赤ちゃんを育てるという体験は、多少の文化差こそあれ、世界中で共通項がとても多いものです。それは、特に乳幼児は生物として脆弱な存在であり、大人が育てないと育っていかないという、いわば自然の摂理であって、それゆえに広大な規模の経済が作用する領域だといえます。世界的には人口が増えている現在、日本の少子化うんぬんなんて、ほとんど気にならない話になるはずです。

 一方、脆弱な存在であるがゆえに、ベビーテック製品には高い信頼性や品質が求められます。子育てという作業を代替してもらう相手が不安定であっては、何らかの事故につながってしまう。そしてそんな不安があるうちは、なかなか頼り切れない……そんなことを考えながら、自分の子育てを思い出していたら、あることを思い出しました。それは、子育てには「迷信」が多い、ということです。

 例えばおもちゃの素材も、木よりプラスチックのほうが安全で雑菌が繁殖しにくいということがあるはず。もっといえば、私自身が子どもだった世代は、まだ紙おむつに対する抵抗が強かったとも、両親から聞かされました。

 イケダ某さんではないですが、このままでは「まだ子育てで消耗してるの?」という感じです。テクノロジーが進化していろいろサポートしてもらえる可能性が増えているはずなのに、むしろそのテクノロジーによって、迷信がさらに広がっているきらいさえある。このジレンマを抜け出していかないと、子育ての負担を重く感じてしまった「ママ・パパ候補」が、候補のままで終わってしまい、少子化に拍車がかかってしまいます。

 永田さんが目指すひとつの理念は、「子育てに科学の光を当てよう」ということでした。子育てを科学的に考え、テクノロジーを積極的に導入することで、親にとっての子育てをより堅牢で安心できるものにする。そのためにはベビーテックというかけ声の下で、さまざまなサービスや取り組み、あるいは子育ての考え方を紹介していくことが必要だ、ということです。お話をうかがっていて、ただただ肯くばかりでした。

 そしてこうしたアプローチは、今後テクノロジーがサイバースペースの外側、つまり私たちが暮らす実空間に染み出していく際に、必ず求められていくものでもあります。その意味でもしかするとベビーテックに育てられているのは、赤ちゃんではなく、私たち大人の側なのかもしれません。

永田哲也(ナガタ テツヤ)
株式会社パパスマイル 代表取締役CEO。ソニーコミュニケーションネットワーク、メディアファクトリーを経て独立。博物館などの展示用デジタルコンテンツの企画制作等を手がける。2016年にパパスマイルを設立し現職に。17年からウェブメディア「BabyTech.jp」を立ち上げる。

クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。07年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。

【1】CES
デジタルサービスから家電、インフラまでさまざまな技術や製品を紹介する展示会。2017年までは「Consumer Electronics Show」が正式名称で、あくまでも家電の新製品紹介がメインだったが、現在は「CES」が正式名称になっている。

【2】MaaS
「Mobility as a Service」の略称で、すべての交通手段を統合して人や物の移動を単一のサービスと考える概念。自分で目的地までの移動手段を考える必要がなく、サービス側が交通手段の組み合わせや料金支払いなどを一括で行うことで、利用者は何も考えずに目的地まで行ける。そして、自動運転が普及すれば、さらにシームレスな移動が実現する見込み。

【3】スタンドアロンのサービス
5Gには、現在の既存の4G(LTE)インフラとの組み合わせ網を整備する非スタンドアロンモードと、5Gだけで網を構築するスタンドアロンモードの2種類がある。前者は低コスト・短期間で構築できるが4G部分がボトルネックになり、5Gの特長をフルに発揮できない。後者はコストと時間がかかるが、5Gの性能や機能をフル活用できる。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論
    • 音楽業界からの【賛辞と批判】
    • 【芸能プロ】的戦略が抱える2つの“矛盾”
    • 令和の【ジャニーズ・シングル】20選
    • 20年代のジャニーズ【ミュージックビデオ】

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

インタビュー

サイゾーパブリシティ