サイゾーpremium  > 連載  > 町山智浩の「映画でわかるアメリカがわかる」  > 町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第141回/【おしえて!ドクター・ルース】90歳のセックス・セラピスト
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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第141回

『おしえて!ドクター・ルース』セックス・セラピストはキュートな90歳!――時代に翻弄された半生

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『おしえて! ドクター・ルース』

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80年代、アメリカでは性のお悩み相談が好評を博していた。悩みに答えるのは“おばあちゃん”。小柄で愛くるしい顔、そして強いドイツ訛りの、優しく、鋭いアドバイスで、たちまち人気者になった。だが、彼女の生い立ちは決して平坦なものではなかった……。監督:ライアン・ホワイト、出演:ルース・K・ウエストハイマーほか。8月30日全国公開。

「あなたの彼氏が、セックスの時、ちゃんとクリトリスを刺激してくれないなら別れなさい」

 そんな言葉がテレビやラジオから聞こえるとドキっとするが、言ってるのが、ちっちゃくて可愛くてニコニコ顔のおばあちゃんだとわかると、さらにビックリする。

 ドクター・ルースことルース・ウエストハイマー博士は、40年間近くにわたって、アメリカで最も有名なセックス・セラピストとして活躍してきた。彼女が90歳になった2018年、その生涯を描くドキュメンタリー『おしえて! ドクター・ルース』が製作された。

 ルースはテレビやラジオで、一般の人からの電話によるセックス相談にキツいドイツ訛りで明るく楽しく答えていく。

「女の子がオナニーしても何も悪くないですよ。本当はみんなしてるんだから」

「ペニスの大きさよりもセックスに大事なのは頭と心なのよ」

「私が嫌いなのはノーマルという言葉。セックスにおいてノーマルも異常もありません」

 笑顔で彼女が言うと、いくら過激な内容でも、ちっともわいせつじゃない。

「私がゴージャスだったらセクシーすぎるけど、こんな身長140センチのおばあちゃんだから許されちゃうんでしょうね」

 ドクター・ルースは1970年にセラピストとしてコロンビア大学で博士号を取り、家族計画協会のカウンセラーとして働いていた。家族計画協会は、セックスについて相談できる相手がいない青少年のため、特に望まない妊娠をしてしまったティーンエイジャーの駆け込み寺だった。アメリカでは73年にやっと人工中絶が合法化されたが、学校での性教育は進まず、避妊の方法も若者には浸透していなかった。ドクター・ルースは正しい性の知識を広める使命を重く感じた。

 80年、ニューヨークのローカル・ラジオ局が、放送法の基準で地域住民のための番組を持つ義務から、ドクター・ルースにセックス電話相談の回答者として出演を依頼した。最初は真夜中に15分間だけの放送だったが、強烈な内容でたちまち話題になり、1時間、2時間と番組枠は拡大した。

 こんな可愛いおばあちゃんが「クリトリス刺激しなさい」だって? ルースは全国向けテレビにも引っ張り出され、 CMやクイズ、お笑い番組、子ども向け番組にまで出演する国民的タレントになった。

 だが、可愛いだけじゃなかった。エイズが流行すると保守的な宗教家や政治家たちが「エイズは同性愛者たちに神が下した天罰だ」と叫んだ。ルースは「2人の同意がある限り、どんなセックスも罪ではありません」と、同性愛を擁護し続けた。もちろん女性の人工中絶の権利を守り、セクハラは絶対に許さない。

 ルースは28年にドイツに生まれたユダヤ人で、10歳の頃、ナチスによる弾圧を経験している。両親は彼女だけをスイスに脱出させ、アウシュビッツで殺された。天涯孤独となったルースは、パレスチナに作られたユダヤ人の難民キャンプに入る。そしてイスラエル建国の戦いでは自ら銃を取り狙撃兵になる(ひとりも殺してないけど)、そして敵の砲弾を受けて重傷を負った。

 その後、結婚するが、パリのソルボンヌ大学で心理学を学ぶために離婚。再婚した後、アメリカに移民して、ますます学問への情熱を燃やしたルースは、「インテリじゃない」という理由で夫と別れ、シングル・マザーとして幼い娘を育てた。その後、ウエストハイマー氏と3度目の結婚をして、長男をもうけた。

 この波乱の生涯の中で、ルースは常にセックスと知識に貪欲だった。

「ヘブライ語では『知る』も『セックスする』も同じ動詞なんですよ」

 その運命を政治に翻弄されてきたルースだが、政治については一切語らないのがポリシー。いつもニコニコ、絶対に怒らないことで有名なドクター・ルースだが、齢90にして、ついにその禁を破って、トランプ大統領を批判した。レイプ、セクハラ疑惑に加え、不法移民の親子を引き離して収容所に収監しているからだ。無論、それはユダヤ人に対してナチがやったことである。

まちやま・ともひろ
映画評論家。サンフランシスコ郊外在住。『映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』 (新潮文庫)、『今のアメリカがわかる映画100本』(小社刊)など著書多数。

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