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オトメゴコロ乱読修行【48】

作家性よりニーズを追求した稀代の“マーケター”『西野カナ』のビジネスセンス

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――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

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「ポスト浜崎あゆみ」「ギャル演歌の旗手」「10年代恋愛ソングの女王」として10年間にわたって名を馳せてきた西野カナが、今年1月8日に無期限の活動休止を発表した。西野は平成元年生まれの29歳、デビューは2008年。2010年の「会いたくて 会いたくて」でブレイクして以降、20代を中心とした“ルミネで買い物する系女子”界隈からの絶大な支持をとりつけてきた。特に女子の恋愛を綴った歌詞(ほぼすべての作詞は西野による)には、常に大きな共感が寄せられている。

 現在の西野の愛され系メイクや、男受けしそうな甘めコーデを真似したがる女性は数多い。また、男性を対象にした「彼女にしたいアーティスト」ランキングの類いでは上位常連だ。実際、西野ほど最大公約数的な好感度とモテ度の高い女性シンガーは、同世代で他に類を見ない。

 一方で、擦れた文化系おじさん界隈・古参ネット民界隈で西野が格好の揶揄ターゲットになっているのも、知られた話。「会いたくて 会いたくて」を「会いたすぎw 震えすぎw」とこき下ろし、結婚を控えた女性がフィアンセに対して一方的に要望を述べていく「トリセツ」(15)に「何様だ、この女」とイラついていたのは彼らである。

 その「トリセツ」といえば、昨年11月に放送された『関ジャム 完全燃SHOW』での西野の発言は物議を醸していた。「アンケートや友人への取材を行い、多かった回答や自分の意見を交えながら歌詞に落とし込む」といったマーケティングリサーチ手法を同曲の作詞に用いていると語り、ネットを中心に大きな批判を浴びたのだ。

 ただ、この作詞法――「自分が表現したいこと」ではなく、「ひとりでも多くの人が同意・共感してくれること」を調査して書く――は、SNSにおける20代女子の流儀とまったく同じである。

 インスタグラムでフォロワーを増やそうと思ったら、被写体をオリジナリティあふれるセンスで切り取……ってはいけない。ひとりでも多くの人間が「いいね!」を押したくなる、最大公約数的な映えスポットを調査し、映えを最大化する定番の撮影テクニックを鍛錬する必要がある。

 ツイッターの拡散狙いも同じだ。リツイートが事実上の「同意」の表明である以上、やるべきことは己のヒリヒリした心の叫びを同意してもらうための努力……ではなく、「同意されやすいような主張に寄せる」ほうの努力である。

 だとすれば、SNS世代の西野が、同じくSNS世代の顧客の心を掴むのにSNSの流儀を応用するのは、マーケターとして圧倒的に正しい。だから西野も彼女のファンも、きっと思っている。「みんなの意見を吸い上げて、みんながいいと思う歌を作った。それの何がいけないの?」。

 というかそれ以前に、商業作品を発表する“クリエイター”がその創作プロセスにおいてマーケティングリサーチを糾弾されるのも、おかしな話である。商業誌に連載を持つ売れっ子マンガ家と同じく、彼らは読者にニーズのあるテーマをリサーチし、取材し、それを作品にしているだけだ。

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