サイゾーpremium  > 連載  > 小原真史の「写真時評 ~モンタージュ 過去×現在~」  > 小原真史の「写真時評」/地上最大のショー(下)
連載
写真時評~モンタージュ 現在×過去~

地上最大のショー(下)

+お気に入りに追加
1901_P108-111_img001_520.jpg
「ヒマラヤ人」(1921年/著者蔵)。左端がジップ。

 チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を公表してから3カ月後の1860年2月、興行師のP・T・バーナムは、自身がニューヨークで経営するアメリカン博物館で「What is it ?(これは何者?)」と題されたショーを開催した。このショーでは、4歳のときにアメリカの貧しい黒人の両親からバーナムに売られた小頭症のウィリアム・ヘンリー・ジョンソンが初めて展示された。のちに「ピンヘッドのジップ」としても知られるようになる彼は、アフリカのガンビアでゴリラを探していた探検家の一団に発見された際、裸で木から木へと猿のように伝っていた、と宣伝され、観客の前では(実際には普通に会話ができたにもかかわらず)鳴き声や唸り声を発する以外に話すことを許されていなかった。「これは何者?」というのが彼の呼び名となり、広告には「これは人間か?」「これは動物か?」「アフリカ人とオランウータンをつなぐ」などという言葉が並ぶようになった。

 写真師のマシュー・ブラディが1895年頃に撮影した写真には、ジップは全身を黒い毛で覆われたコスチュームを着て写っており、「猿人」のイメージを強調するような演出が施されていたことがわかる。進化論の発表によって人間と動物との「失われた鎖の輪」に世間の関心が集まっていたとき、両者をつなぐ存在として「これは何者?」は登場したのだった。ジップは1920年代までパフォーマンスを続け、26年に亡くなった。妹に語った最後の言葉は、「僕らは長い間人々を騙し続けてきたね?」だったというから、観客たちが思っていたほど知能は低くなかったのかもしれない。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2019年4月号

マニアックすぎる業界(裏)マンガ

マニアックすぎる業界(裏)マンガ

インタビュー

連載