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大石始のマツリ・フューチャリズム【14】

毎年、日本各地で行われる喧嘩祭りが根絶されない理由

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――21世紀型盆踊り・マツリの現在をあらゆる角度から紐解く!

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規模や参加人数に関係なく、時に死傷者を出してしまう最悪のケースもあるが、全国各地で毎年行われ、多くの観光客を呼ぶ喧嘩祭り。そこに隠れる魅力とは何か。

 北から南まで、日本各地ではさまざまな喧嘩祭りが行われている。愛媛県新居浜市の秋祭り「新居浜太鼓祭り」や「灘のけんか祭り」(兵庫県姫路市白浜町)。「角舘祭りのやま行事」(秋田県仙北市)のように神輿や山車を激しくぶつけ合うものもあれば、「脇岬祇園祭」(長崎県長崎市脇岬町)にように素手で殴り合うスタイルもある(武器は禁止されている)。その激しさゆえ沿道の観客からは悲鳴があがるほどで、一見しただけでは、ほとんど暴動かストリートファイトのようにも見える。こうした喧嘩祭りが長年継承されているのも、日本という国の不思議なところといえるだろう。

 喧嘩祭りは“喧嘩”そのものを目的としているわけではない。「新居浜太鼓祭り」は、古くから漁場争いなどを理由に住民同士の衝突が繰り返され、そうした緊張関係が祭りへ持ち込まれるようになった。また、「脇岬祇園祭」は、もともと脇岬の3つの漁村同士の対抗意識が非常に強く、祭りの中で必ず喧嘩がおきたことから「喧嘩祭り」と呼ばれるようになったという。そのように祭りの高揚感と非日常空間のもと集落同士の対抗意識が増幅し、暴力的なぶつかり合いへと発展していったケースが多いようだ。

 現在では暴力性が低くなってはいるものの、かつてはたびたび血で血を洗う構想が繰り返されていた祭りもある。例えば、青森県弘前市のねぷた。明治時代、自由民権運動の高まりと共に数多くの町道場が各地に作られたが、弘前のねぷたでは、そうした道場が主体となっていた時代があり、各道場同士が日本刀や竹槍を武器に、血みどろの抗争を繰り広げたという。一説によると、当時のねぷたには生首が描かれていたというから、その暴力性は現代の喧嘩祭りの比ではない。

 こうした喧嘩祭りで多くの死傷者が出ることとなり、戦前まではほぼノールールだったのに対し、戦後になると衝突を最小限に抑えるために厳格なルールが敷かれるようになる。弘前ねぷたもそれまで運行ルートは決まっておらず、別の道場ないしは町会のねぷたと鉢合わせになるところから喧嘩に発展していったというが、戦後は鉢合わせを避けるために運行ルートが決められるようになった。

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