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連載
町田康の「続・関東戎夷焼煮袋」第3回

お好み焼きの王である豚玉 焼きそばのせお好み焼き・モダン焼 "モダン"が示す大阪人の魂

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――上京して数十年、すっかり大阪人としての魂から乖離してしまった町田康が、大阪のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

 豚は辛かった。豚小屋を掃除する際、水が冷たくて手がもげるかと思った。豚は自分勝手で人の気持ちを忖度することなどまるでなく自己主張ばかりしていた。もう養豚の手伝いは二度とやりたくない。今度、頼まれたらなんといって断ろうか。けれども断ったら友情がなくなる。そのことを考えるだけで気持ちが暗くなってくる。

 なので、養豚のことはさっさと忘れて記憶に残るお好み焼き屋のおばんの話をしよう。

 おばんは年の頃は幾つくらいだっただろうか。まあ、六十から八十の間くらいだっただろう、髪の毛は銀髪で色白、紺色の着物姿であったように思う。確か白いエプロンをしておった。要するに、全体の印象としていかにも素人っぽく、身より便りのない老婆が老いの身を養うため慣れぬ商いを始めたという風であった。

 そんな風なので客も少なく、恐らくは近所の子どもや母親たちがたまに立ち寄る程度であったのであろう、そのときも最初から最後まで客は私ども関西関東の、群れ、の者ばかりであった。

 当今、知らぬ街の、いかにも顔を見知った客だけを相手にするみたいな小さな店に、ぶらっ、と入るのは随分と勇気の要る為事といえよう。入る方は、常連客中心で冷たい扱いを受けるのではないだろうか。最悪の場合、法外な料金を請求され、断ったら脅されたり、殴られたりするのではないだろうか。なんて考えるし、入られた方も、こいつらはマナーをわきまえぬモンスターな客ではないだろうか。ことによると食い逃げかも知らんし、と警戒する。

 だから知らない街ではなるべく多くの人を相手にしているような店に入るし、そうした小店に入るときは事情を知る人の案内を請う。或いはそれがかなわぬときはガイド本を購めたり、検索をかけて調べたりして出掛けたりする。

 しかし、往時はそんなことはなかった。おばんの方でも、明らかに、群れの者、である我々をまったく警戒しなかったし、我々は躊躇することなく、なかの様子の窺い知れぬおばんの店に入っていった。

 なぜそんな豪胆なことができたかというと、それは当時はいまのように個人が様々の情報を得ることができなかったからだと思う。

 と言うと、「なにをおっしゃいますやらキャベツやら。情報が少ないということはより不安になるということじゃないですか」と反論する人があるかも知れないが、逆である。

 情報が少ない方が人間は他を信用できる。なぜなら、情報が少ない場合、いま現在、自分が持っている情報、すなわち、常識、に基づいて物事を判断するからである。

 店に入っていきなり殴られる。毒の入った料理が出てくる。入ったところが滝壺になっており、入ったが最後、二度と浮かび上がれない。などということは常識で考えれば、まずあり得ないことである。なのでそういう常識では考えられないことを想像して怯えるということはない。

 しかし多くの、情報を得ることができるようになるとそうはいかない。なぜなら、世間には常識では計り知れぬことがときどき起こるからで、そうしたことが起こりうる、と知ってしまったら、そうしたことが我が身に降りかかる恐怖から免れることができなくなる。

 そこで、そんな目に遭わぬために事前に情報を仕入れる。ところがそうして情報を集めると、よい情報と同じくらいか、或いはそれ以上にネガティヴな情報も集まってくる。ますます恐ろしくなってもっと情報を集める。もっと恐ろしい情報が集まってもっと恐ろしくなる。

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