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連載
ある芸人の赤裸裸笑(小)説「ニューヨーク戦記」第3回

スキャンダルは海を超え〜期待と侮蔑のはざまで〜

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〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。日本を発つ間際まで写真週刊誌に追われるなど予定外の事態に見舞われながらも、なんとか無事にニューヨークでの生活をスタートする。慣れぬ異国の地で誰の手も借りず、学生寮で暮らすことにしたため、日本の所属事務所と連絡を取るのにも一苦労だが、これもまた修行の一部なのだと彼は思うのであった。


 ニューヨークに着いた翌日から、語学学校に通いだした。まず初めに、1から10までのレベルに振り分けられるテストと面接があり、中牟田はレベル8だった。レベル9を超えればアメリカの2年制の大学に入れる資格を得られるシステムなので、もうワンランクでそこまでいける。真面目に準備をしてきた甲斐があった。

 レベル分けの試験をなかなかの成績で終えられて、幸先よく学校生活はスタートできた、と中牟田は思う。学校では、芸能活動をしていた彼を知る日本人からちらちら見られたり、それをその日本人がほかの外国人に伝えるから、好奇の目で見られる状況であった。

「お前は日本のセレブリティーか?」と外国人から質問されると、セレブリティーという、日本語でもおなじみの単語がどうもお高くとまっていたり、叶姉妹が醸し出すギャグのようなテンションな気がしてしまい、その英語を受け入れたくなくて、「私はコメディアンだ」と中牟田は返してしまった。日本語英語の弊害には、この後もあちこちで出くわした。例えば、「Let's get together」だの「All together?」だの、意外とこの「together」という単語はよく使う。その度に中牟田の脳内にはルー大柴の「トゥギャザーしようぜ!」が浮かび、かすかなひっかかりを覚えたものだった。

 彼が通いだした学校のビルにはほかにも語学学校が入っていて、ビルの外は日本人がたくさんいた。あっという間に声を掛けられ、日本人の友達がたくさんできてしまった。なるべく英語だけで生活しようと思っても、なかなか難しいようだ。それに、その時彼が直感的に思ったのは、本当に困った時に助けられたり、細かい心のひだをわかり合えるのは結局、同じ民族だろう、ということだった。言ってみれば、飲み会の三次会で地元のジャスコだか駅前のせんべい屋のおばちゃんの話だか、細かいどうでもいいような話が出てきて、結局そこが一番腰を落ち着けて話せるよね、というようなことである。だから、これはこれで仲良くしていかねば、という腹積もりでいた。

* * * * *

 授業は基本的に朝9時から夕方4時までで、全部英語で話される。語学学校の先生だから、わかりやすく話しているんだろうけれど、なかなか聴きとれない。そして、最初の面接で中牟田が「自分は日本で芸人をやっていて、アメリカでもコメディをやるつもりだ」という話をしたものだから、担当するユダヤ人の先生がアメリカの古典的なジョークをやたら教えてきた。たとえば、こんなものだ。

 レストランにいた中国人をユダヤ人がいきなり叩いて「お前らは、パールハーバーで騙し討ちした、お返しだよ」と言い放った。中国人が「あれは日本人がやったんだ。我々ではない」と言うと、ユダヤ人は「日本人も中国人も同じだよ。何が違うんだ」と突き放す。すると今度は、中国人がユダヤ人を叩いて「タイタニックを沈めて、我々の仲間を死なせたお返しだ」と言い放つ。するとユダヤ人は「あれは我々がやったわけではない」と憤慨する。中国人は「アイスバーグ(氷山)もゴールドバーグ(ユダヤ人によくいる名前)も一緒だろ」と一笑に付した。

 このジョークを理解するまでには、3つの障害が横たわっている。第一に、英語で聴きとれなければいけない。そして、「うまい切り返しを重視する」とか「必ず最後にオチをつける」というような西洋系の発想に慣れなければいけない。さらに、ユダヤ人はゴールドとかシルバーとか金銀系統の名前が多いという基本的な知識を知らなければいけない。中牟田がその後に学んだ結果から言えば、こんな古典的ジョークを知らなくてもコメディクラブでコメディはできるのだが、知っていたほうがいいことは確かだし、彼も生活の中でその手の話を振られて面食らうことはしばしばだった。

 その先生は、その後もよく中牟田にジョークを振ってきた。例えば、古典的な蛍光灯ジョーク。「○○人は部屋の蛍光灯を変えるのに、何人で、どうやって換えるか」というエスニックジョークだ。
「イギリス人は、『どんな蛍光灯にするか? 蛍光灯にすることでどういう効果が出るか?』を10人で議論して、議論を続けたいから蛍光灯を換える」とか、「フランス人は10人集まってワインを飲んで、酔いが覚めた人が蛍光灯を換える」とかなのだが、これを「日本人だったらどうする?」と中牟田に振ってくるのだ。

 同じクラスの生徒はヨーロッパ・南米・アジア圏の人たちで、「コメディアンなら応えられるだろう」というような期待感を持って彼を見ている。日本代表の彼としては、ここでコケるわけにはいかない。日本のお笑いでは、ムチャ振りで芸人を追い込んだ上に、「できるわけないでしょ!」という応酬があり、案の定できなかった結末までの流れを笑う、という構造があるが、それはここでは通用しない。もっと大ざっぱな振りで、ストレートな笑いを要求されているのだ。ただ、幸い彼はこの大喜利的な振りはそんなに苦手ではなく、スパッと思いついた。

「日本人は、100人集まって、蛍光灯自動差し替え装置を作って、蛍光灯を取り換えるのはその装置を使うので、0人つまり無人でやる」

 日本人が世界から抱かれているイメージは、やたらハイテクで真面目だ。それをこのシチュエーションに当てはめたのだ。そう答えると、その先生は「エクセレント!」と言い、「すぐにでもアメリカのコメディクラブに出ろ」と言ってくれたのである。中牟田としては「とりあえず芸人としてのメンツが保てた」と思い、ほっとしていたのだが。その後、その先生は彼を変に買い被って、クラス内で英語劇をやろうと言いだし、脚本と演出を彼にやらせようとしたために授業がやたらしんどくなり、体重は変わってないのに顔だけげっそり痩せてしまった。

* * * * *

 そして、よりによってそんな大変な時期に、成田空港でも追及された例の裁判スキャンダルが、ついに日本の写真週刊誌で報じられたのだった。当然のごとく、中牟田と同じ寮に住んでいた日本人が妙によそよそしくなりだした。学校で、日本人以外と仲良くなりだすのと反比例するように、開学当初は「一緒に写真撮ってください!」などと言っていた女学生が、不潔なものを見るような顔で距離を変に置いてくる。それはそうだ、"淫行をした"と報じられるような男には近づきたくないのが女子心だ。とかくスキャンダルは面倒臭い。

 しかし語学学校には、元役者だったり、アーティストをやりながら先生をやっている人も多く、日本で巻き起こっている中牟田のスキャンダルなどまったく知らない彼らは、もっと距離を詰めてくる。中牟田が取っていた授業の中に、女の先生が映画や音楽を使って授業をするものがあった。この授業は女子生徒の間で人気で、クラスの9割は女性が占めていたのだが、その先生、自分のテンションが上がってくると、音楽のボリュームを上げて、自ら踊りだすのだ。そして「マーシーマーシー♪ セクシーセクシー♪」と叫びながら、生徒にも踊るよう手招きする。日本・韓国の女の子たちは基本的にシャイなので踊らない。だが、すでにコメディアンとして学校の中で名が通ってしまっていた中牟田としては、踊らないわけにはいかない。「君は踊るでしょ?」とばかりに先生が目配せしてくるのだ。仕方なくテンション上げて、ガンガン腰を振って、郷ひろみばりに頑張る。するとそれに呼応して、台湾人女子とブラジル人女子が後に続く。教室内はどんどん盛り上がる。日本人女子を抜かして。

 日本人女子4〜5人は、くだんのスキャンダルが出たばかりなので、「この、ニューヨーク逃亡芸人。結局ニューヨークでも女子と楽しむために浮かれているよ」と顔に書いてあるのである。本当に困ったものだ。アメリカ人の"人生いつでもパーティー気分"な先生のノリに、「しっかり応えないと、コメディアンとしてダメでしょう」という空気の中で、応えると今度は、"外国人女性好き海外逃亡変態芸人"と日本人女子から見られてしまうジレンマ。

 とはいえ、語学学校生活は毎日が新鮮で、ただただ楽しかった。〈続く〉


 ※この小説はフィクションです......ということにしておいてください。


ながい・ひでかず
お笑い芸人。07年9月、突如およそ1年間に及ぶニューヨーク武者修行へ。現地にて「ガチで笑いの取れる、数少ない日本人」との高い評価を得て帰ってくる一方で、私生活では女性問題が原因となって嫁に逃げられ、世間様から「ダメ人間」のレッテルを貼られる。


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