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連載
神保哲生×宮台真司 「マル激 TALK ON DEMAND」 第33回

イデオロギーが迷走する"自民党のあるべき姿"とは

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──先に行われた都議選での惨敗に続き、次期衆院選での敗北は必至という状況に置かれている自由民主党。8月上旬現在、民主党政権が誕生することがほぼ確実視されている中、これが実現すると日本では事実上初めてのリベラル政権が誕生することになる。政治史をひもとくと、人間の理性を持って正しい政策を行えば、必ず社会は良くなると過信するリベラル政権には、伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党の対抗が必要であることがわかる。では、保守政党・自民党に求められる条件とは一体なんなのだろうか?

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【今月のゲスト】
杉田敦(法政大学法学部教授)

神保 選挙前のこの時期に、地上波のテレビ番組では議論しにくいテーマだと思いますが、インターネット放送の自由度を最大限に生かして、今回は自民党の下野を前提に話を進めましょう。私が危惧するのは、政治主導を謳っている民主党が政権を取ったときに、リベラルが暴走する可能性があること。つまり、その逆勢力となる保守政党がしっかりしていないと、日本の政治がこれまでとはまた別の意味で、危うい状態になる危険性を考えておく必要があるのではないかと。

宮台 議論の前提として、自民党が保守政党なのかという問題があります。自民党は先進国でも珍しい「再配分保守」。地方の弱者が再配分を要求する場合、社会党でなく自民党を頼るほうが合理的でした。イギリスやアメリカのようなアングロサクソン系の二大政党制に見られる、国家を重視する再配分主義か、国家を最小化する市場主義かという対立が、なかったのです。冷戦体制下ではイデオロギー的な「右と左」が意味を持ちました。冷戦が終わると、自民党が果たしてきた再配分政党としての機能ゆえ、「左と右」「リベラルとアンチリベラル」の対立が何を意味するのかがわからなくなります。民主党はリベラルなパーティ・アイデンティティ(政党イメージの同一性)でまとまってきましたが、皮肉なことに長年与党の自民党がどんなパーティ・アイデンティティを持つのか見えなくなりました。

神保 今回は、法政大学法学部政治学科教授の杉田敦先生とともに、日本の「保守」について考えていきたいと思います。まずは順を追って、これまでの自民党の役割というテーマで話を進めましょう。1955年の保守合同で保守政党としての歩みを始めた自民党ですが、杉田さんはその後の自民党をどう評価しますか?

杉田 戦後の日本はまだ農村社会であり、自民党は農村に政治的基盤を置いて、都市から集めた資金による農村開発、公共事業を通じた再配分を行うことで、票を獲得してきました。その結果として、国内の平準化に寄与してきたと言えます。田中派から橋本派、経世会に至る流れが典型ですが、自民党は日本の都市部よりも、農村の票を重視してきたのです。しかし、農村人口が低下する中で、次第に都市型社会に対応しようと試み、最後に小泉(純一郎)さんが農村を完全に切り捨てようとしました。一時的にはうまくいったものの、結局立ち行かなくなった。それが、いまの状況です。

宮台 ヨーロッパは移民労働者を、日本は農村余剰人口を、戦後復興に使った。

神保 「農家の次男坊」ですね。

宮台 そう。そのため、戦後の農村重視政策は工業重視政策と矛盾しませんでした。地方農家の生産力を保つことが余剰人口を生み、工業化にも役立ちました。工業化の果実を農村に還元すれば、財界票も農民票も両方獲得できたのです。ところが、80年代における日本の製造業独り勝ちを受け、アメリカが政策的転換を行います。牛肉やオレンジなどの農産物自由化交渉から始まり、大型店舗法改正、TRON学校配布禁止、建築基準法緩和など、アメリカの規制緩和要求が強まる中、農村の疲弊が避けられなくなりました。目に見える自民党の矛盾が始まったのです。

杉田 アメリカとの関係は、非常に大きいですね。55年の保守合同で、旧自由党の吉田派と旧日本民主党の鳩山派、つまり親米の温度差はありながらも、反共で一致できる人々がくっついて、自由民主党が生まれました。当初はアメリカの意向に従って、自由主義経済を強化することが同党の一番の強調点でしたが、いまは政党選択において、体制自体は問われていません。「政権交代が起こってもいい」という機運が高まってきたのは、日本国民が、自民党を下野させてもアメリカとの関係が極端に悪化することはないだろう、ということに気づいたからだと思います。冷戦体制の崩壊から、ずいぶん時間がかかってしまいましたが。

神保 自民党の成り立ちから、「日本の保守」ということを考えるとどうでしょうか?

杉田 旧自由党の吉田茂は、アメリカと商売をしながら日本を産業立国化していくことを重視しました。一方で、旧民主党の鳩山一郎は、鳩山由紀夫さんも試案を出している憲法改正をやりたがっていて、経済よりも国家の主権や外交関係を争点にしていた。つまり、ある意味では、もともとは旧民主党、鳩山派のほうが右寄りだと言えます。しかし、アメリカの二大政党制を例に考えれば、市場を重視した旧自由党----現麻生派、古賀派、津島派につながる流れが保守に近い。先ほどから話に出ている農村への再配分の問題が、日本における保守という立場をさらに複雑なものにしています。

宮台 戦前、親米保守は全くマイナーでした。欧米的近代とは別のオルタナティブな近代──亜細亜的近代──を構想するのが日本の愛国でした。反米愛国こそが右翼だった。清和会の基礎を作った岸信介は完全な親米ですが、イデオロギッシュであることも含め、旧民主党系の派閥のほうが戦前からの流れで欧米的近代を相対化する立場を取りやすい。一方で、旧自由党のように政府が一定程度の欧米的な近代化を推し進めるべきだとする立場を取ることも、維新以降の開明派の流れです。イデオロギー派=オルタナティブな近代を目指す立場と、経済派=素朴欧化主義の立場。伝統的対立です。

神保 それでは、旧自由党の池田派に端を発する宏池会が、保守本流と呼ばれる根拠はどこにあるのでしょうか?

杉田 系譜的なことで、人脈の流れで言うとそうなる、ということです。吉田茂や白洲次郎的な路線がどこまで継承されているか、ということを考えると、なかなか難しいと思いますが。

宮台 保守本流のルーツに当たる、吉田ドクトリン的対米依存には、国力が乏しき中、軍事費を戦後復興に回し、中国を除くアジア諸国を味方につける、という戦略性がありました。だから旧民主党系と一緒にやれたんです。ところが対米依存が自明化し、当初の戦略性も失われ、保守の理念としては、自由党系=経済派も、民主党系=イデオロギー派も、ダメになりました。

杉田 簡単にまとめてしまえば、旧自由党派閥は市場を保守しようとしていて、旧民主党派閥は国家を保守しようとした、とも言えます。

宮台 戦後復興期には双方が合致しました。つまり冷戦下では、日米同盟による国家保守と、自由主義経済による市場保守が、合致した。ところが「国家」と「市場」をつなぐ「社会」が空洞化したので、両立可能性が怪しくなり、自民党は保守概念をめぐって八つ裂きになります。小泉政権は「国家より個人」「再配分主義より市場主義」でしたが、安倍政権は、小泉改革を継承するとしつつ旧民主党系・清和会的な「個人より国家」でしたし、官僚言いなりの麻生政権は「個人か国家か」も曖昧だし「市場か再配分か」も中途半端でした。

杉田 自民党は何を保守すべきかということを明確にすることができず、国民の支持を得られそうな立場を探して迷走したのです。

神保 民主党政権がどのような路線を打ち出すかによって、その対抗軸として、自民党が初めて明確なパーティ・アイデンティティを持つことができるという見方もあると思います。鳩山、菅、小沢とそれぞれ立場が違うかもしれませんが、今後民主党が取るであろう立場についてはどうですか?

杉田 小沢さんは、これまでの主張は別として、現在は再配分・個人重視のリベラルな立場を取っています。菅さんはその傾向がより顕著で、米オバマ政権に近い考え方でしょう。鳩山さんも「友愛」という言葉で、やはり再配分重視のリベラルな雰囲気を漂わせています。長期政権になれば読めない部分もありますが、景気の低迷が続くうちは、民主党はこうしたリベラルな立場を取るだろうと考えられます。自民党としても、国民の家計が苦しい中で、自由放任の市場主義は打ち出せないので、この点で明確な対立軸を作るのは難しいかもしれません。

神保 政権交代が起こったときに、今度は民主党を監視し、行き過ぎを抑止する勢力が必要になると思います。そう考えると、自民党が取るべき立場はどうなりますか?

宮台 現在の経済状況では「市場より再配分」の立場を取らざるを得ず、せいぜい「個人より国家」というあたりで北朝鮮問題などを持ち出してイギオロギー闘争を仕掛ける程度でしょう。ちなみにアメリカの政治哲学では2つの対立軸があります。ひとつは、素朴に個人を重視する立場=リバタリアニズムと、社会に包まれてある個人を重視する立場=コミュニタリアニズムの対立。もうひとつは、一国主義的リベラル=狭義のリベラリズムと、国際主義的リベラル=コスモポリタニズムの対立。つまり「個人か社会か」と「一国か国際か」で、都合4象限ができます。日本は「国家か個人か」という2ちゃんウヨ豚的なアナクロニズムで、周回遅れですね。

杉田 コミュニティもそうですが、家族というのも大きいですね。アメリカの保守は基本的に家父長制的で、例えば同性愛は認められないという立場です。日本では、同性愛は必ずしも十分にイシューにはなっていませんが、一方で夫婦別姓は大きな議論になっています。民主党は以前から選択的夫婦別姓の実現を訴えてきましたから、ここで自民党は対立軸を打ち出すこともできるでしょう。また、自民党は生活保護の母子加算手当をカットしており、シングルマザーの福祉依存体質を助長してはならない、という立場を明確にしています。家族や地域共同体をどう考えるのか、という部分が分かれ目になってくると思います。また、農家に対する補助については、従来の自民党が行っていた農協という利益団体を通じた補助に対して、民主党は戸別所得補償制度を掲げている。一言で「再配分」といってもこうした違いがあるのですから、鳩山さんも「友愛」などという言葉でくくらずに、もう少し明確な説明をすれば、対立軸も分かりやすくなると思うのですが。

エリートらによる理論政治の過信

神保 さて、民主党は、子ども手当と公立高校無償化、農家戸別所得補償、消費税の年金財源化、N PO税制、情報公開法の拡充など、再配分、弱者保護、市民社会重視といった典型的なリベラル路線を掲げていると言っていいと思います。これは今回の政権交代で、日本にリベラル政権が誕生すると見ていいのでしょうか?

宮台 イエスです。自民党も20年前まで完全な再配分政党で、それ以降も公共事業を通じてそれなりに再配分を続けてきた。民主党政権でも再配分は変わらないと見えますが、再配分から既得権益をはがそうとしています。再配分の是非と、既得権益の是非は、別問題。小泉自民党は「既得権益破壊=再配分廃止」と短絡し、反小泉は「再配分重視=既得権益温存」と短絡します。必要なのは「既得権益をはがした再配分」です。「必要な手当を必要な所に」という意味で合理的再配分にとって不可欠です。これをやろうという民主党は自民党より公正重視で、リベラルです。

神保 外交面では、「アメリカ重視からアジア重視」という方針も大きく掲げられています。同時に、靖国神社に代わる国民追悼施設を作り、戦争責任を明確化するという、自民党は顔をしかめそうな事柄にも踏み込んでいる。民主党の外交政策を、杉田さんはどう見ますか?

杉田 小泉政権で大きな問題になってきたことですが、アジア、特に中国との経済関係がきわめて強くなり、中国も基本的には経済ベースで外交を行っているのに、靖国問題で水を差してしまうという状況がありました。日本では市場重視、かつ国家重視という形で保守が形成されてきたので、そこで分断が起こってしまう。そんな中で、経団連からも対中関係を重視してほしいという要望が出ていました。アジア重視の外交でアメリカとの関係が悪化するとすれば問題ですが、民主党は再配分・個人重視のオバマ政権に近い位置取りをしているので、日米に軋轢は生まれないでしょう。それほど大きな前進にはならないかもしれませんが、民主党政権でアジア外交が多少は変化するだろうとの期待は持っています。

神保 自民党が攻めるべき、民主党の死角という点についても聞かせてください。7月6日に、ロバート・マクナマラ氏が亡くなりました。彼は、ケネディ政権でエリートたちが理論だけに基づく政策を実行した結果、成果が挙がらなかったばかりか、国を混乱に陥れた元凶とされる「ベスト・アンド・ブライテスト」の代表格ですが、現在の日本の民主党にも、学歴があって、エリート官僚や松下政経塾出身の優秀な議員が多く、理論的にはかなり練られた政策が打ち出されているという印象を受けます。しかし、ベスト・アンド・ブライテストがそうであったように、日本の民主党に政策的な手当ですべての問題が解決するという過信があったら、それはそれで危うい感じがしますが。

宮台 「再配分×国家」から「市場×国家」を経て、再び「再配分×国家」に戻る自民。「再配分×個人」の民主。この対立は結局「国家か個人か」という「社会」を等閑視したクソ図式です。アメリカ的な「個人か社会か」と「一国か国際か」との対立も、建国事情ゆえに個人主義と孤立主義のオブセッションがあるアメリカの特殊事情に依存する。むしろ「小さな国家にする代わりに大きな社会へ」「グローバル化から個人を守る大きな社会へ」という課題が左右に共通化しているのが国際的流れで、それでも最終的に残る左右の対立は次の要素です。つまり左は主知主義=理性(計画)を信頼する立場。右は主意主義=理性を疑う立場。これはスコラ神学の弁神論(神が全能ならば、なぜ悪があるか)における対立、最も古くはセム族的超越宗教と初期ギリシア哲学の対立に遡ります。ちなみに近代的保守主義を提唱したバークは「フランス革命は理性を信頼しすぎ」という主知主義批判が出発点です。「個人を守る包摂的で相互扶助的な社会へ」かつ「大きな社会をサポートするための国家」という発想が左右に共有されつつある中、大きな社会を作るための国家の操作をどれだけ自省的に行えるのかがポイントになります。ヨーロッパではハーバマスやギデンズのような左翼もそうしたことを言いだしたので、もはやイデオロギー対立にならないでしょうが、重要なポイントです。つまり「理論的に正しい政策であるはずだ」というスタンスを絶対に取らせない。

神保 自民党は、主意主義でいくべきだと。

宮台 バークでは、主意主義=反主知主義が、伝統重視につながる。その意味で、主意主義的=伝統重視の自民党と、主知主義的=システム重視の民主党という具合に分岐すると、やっと2ちゃん水準を脱して国際水準になります。実は頭のいい連中は「伝統もまたシステムだ」と、裏で手を握り合うのですがね。これは政策の大目標の分岐でなく手段の分岐なので、問題意識を共有したことがない人にとって見極めにくいのが難点です。

日本で"保守"すべき国民的合意形成と定義

杉田 私は宮台さんほど政治家との交流はありませんが、横から見ていると、民主党の政治家は人を論破する人が多いのです。政治の場で論破をしては、人はついてきません。自分からしたら間違った意見でも、出てくるにはそれなりの背景がある。国を主導する立場としては、政治的なスキルの問題として、人々の気持ちを読むことが必要になります。もともとは、それが保守政治家のノウハウだった。自民党の政治家からもそういう部分は失われており、これは麻生さんを見てわかる通りです。

神保 自民党に至っては、論破もできなくなっている。しかし民主党にも、人を拒絶しているような部分があるというわけですね。

杉田 逆に自民党は、かつての保守政治のようなやり方に立ち返って、人々の「ついていこう」という気持ちを喚起できれば、再興の芽があるのではないでしょうか。

宮台 大正デモクラシーの立役者・吉野作造は、普通選挙運動への「民度の低い日本国民が国をメチャクチャにする」という批判に「日本国民は相手の言うことではなく相手の顔を見て信頼できるかどうか決めるから大丈夫」と言いました。日本人は良くも悪しくも文脈抜きに内容の正しさで選ぶことをしません。こうした文脈主義の伝統をシステムが合理的に利用することで、システムの暴走を防ぐべきです。民主党が素朴にシステムの方向に傾くなら、自民党にとって重要なスタンスです。

杉田 宮台さんのおっしゃる主意主義には、伝統や慣習という要素が含まれています。人間の理性を過信する傾向があるリベラル政権には、その対抗勢力として、伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党が必要になると思いますが、「伝統」の基盤がなかなか見いだせない現状ですから、難しいかもしれませんね。

神保 日本に保守すべきものがない、というか、保守すべきものが何であるかについての国民的な合意形成がなされていないことが、最大の問題のような気がします。民主党がリベラルな立場を取るならば、保守政権にしっかりチェックをしてもらおうと考えたときに、日本の保守主義をどう定義すればいいのか。お2人の考えを聞かせてください。

宮台 難しい問題です。例えば「家族の保全」と「特定の家族像の保全」との間に距離があります。「特定の家族像の保全」に固執して「家族の保全」に失敗することがあり得ます。この場合どちらが保守なのか。それが社会学者の間でも議論になります。アピアランスの保全か、機能の保全か。機能の保全なら、特定の家族像から乖離しても、いや、むしろそのほうが機能をうまく保全できるという話になります。機能に注目するなら、同性愛夫婦だろうが非血縁的家族であろうがOKだと。これは「アメリカンスピリットを継承するのがモン族(ベトナム戦争下で米軍に協力的だったとしてラオスを追われた民族)の若者であっても、グラン・トリノに乗りさえすればOK」というクリント・イーストウッドの右翼国際主義的な主張と同じです。いずれにせよ、何を保守と呼ぶのかという論争は、こうした微妙な問題をめぐるせめぎ合いを意味します。

杉田 いまの日本には、昭和30年代ブーム、高度成長期に対するノスタルジーがあります。特に新聞や出版業界には、全共闘に対するノスタルジーがあり、さまざまな記事が出ています。もちろん、そうした世代が引退を迎えつつあるということもありますが、それ以上に、小泉政権以降の自民党の政策によって人々がバラバラにされていった中で、人々が連帯感のあった時代を想起しているのだと思います。再現できない状況を懐かしんでいるだけでは仕方がないと思いますが、少なくとも、人々が「バラバラになってよかった」と思っていないことは事実です。ですから、民主党が「友愛」というテーマをきちんとイメージ化できなかったときに、野党になった自民党が、人々の間に新たな連帯を生むようなイメージを形成できると、状況はかなり変わってくるでしょう。付け加えるならば、もう一度農村から再出発してもらう、というのもひとつだと思います。

宮台 賛成です。ところが現状では外国人労働者抜きに農村が回らなくなりました。最初は畜産業から始まり、現在では一般農家でさえ外国人労働者の手を借りています。復興された農村は、極右イーストウッドが『グラン・トリノ』で描くような、目や肌の色が違う連中が誰よりも「日本人っぽい」生活を営む場所になるかもしれない。杉本信昭監督のドキュメンタリー『自転車でいこう』も、大阪の生野区を舞台に、目や肌の色が違う連中が「日本人っぽい」生活を営む現実があり得ることを示します。ウヨ豚を排し、保守が想像力を飛翔させられるかです。

神保 最後に、リベラルの民主党、保守の自民党と考えたときに、我々はどんな観点で今後の政局を見ればいいのでしょうか?

杉田 アメリカの状況を見ても、映画で保守の再興を描いてきたクリント・イーストウッドの主張と、リベラルなオバマ大統領の主張が近いものになっています。そして、今日議論してきたように、日本においても、民主党と自民党が異なる立場を取ることが難しい状況がある。何が保守かというよりも、とにかく一つひとつの政策について違いをハッキリさせることが大切なのだと思います。そして、政策の違いがわかりやすく出るのは、税金の問題です。再配分を重視するリベラルの民主党が「税金は上げない」と言い、自民党が上げると言っているので、ねじれが生じている状況ですが、いずれにしても、法人税や相続税の問題も含めて、税金に関する政策は社会に対する考え方の根本にかかわってきます。凡庸な結論ですが、保守、リベラル、というイメージよりも、きちんと政策論を見ていくのが重要だと思います。

宮台 働きづめで投票に行く余裕がないワーキングプアが大勢いる状況では、既得権益経由だろうが、とにかく再配分をしろという要求が出ても仕方ない。余裕がないと、"再配分は再配分でも経路が違えば「あるべき社会像」をめぐる意味が違う"ことが見えません。なんとか人々に余裕をもたらし、「あるべき社会像」をめぐって自民党と民主党が想像力を競うようになればいいですね。

(構成/神谷弘一 blueprint)

『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)

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神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など。


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宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。近著に『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など。


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杉田敦
東京大学法学部卒業後、同助手、新潟大学法学部助教授などを経て現職。著作に『政治への想像力』(岩波書店)など。



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