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第1特集
"ノーベル文学賞に最も近い作家"に対するプロたちからの痛烈な批判

嫌いだからこそわかる「村上春樹」の正しい読み方【1】

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――『1Q84』が早くもミリオンを突破した村上春樹。しかし、完璧な絶望が存在しないように、完璧な村上春樹などというものもまた存在しない――というわけで、もはや国民的作家と言っても過言ではない彼が、なぜだか一部では徹底的に嫌われる理由を探った。

 今年、デビュー30周年を迎えた村上春樹。昨年来、彼をめぐる話題が続いている。2008年7月には『ノルウェイの森』【1】が2010年に映画化されることが発表され、今年2月には、エルサレム国際ブックフェア認定の「社会の中の個人の自由のためのエルサレム賞」(エルサレム賞)を受賞。エルサレムを首都に持つイスラエルのパレスチナ・ガザ地区侵攻を理由に、受賞決定当時、市民団体らが賞を辞退するよう要求する「騒動」も起きたが、村上は授賞式に出席。イスラエル要人を前に「高くて固い壁(=イスラエル軍)があり、それにぶつかって壊れる卵(=ガザ市民)があるとしたら、私は常に卵側に立つ」とイスラエル批判とも取れるスピーチをし、話題をさらってみせた。

 そして3月に、04年の『アフターダーク』【2】以来の書き下ろし長編『1Q84』【3】の発売を発表すると予約が殺到。新潮社は発売前に1・2巻合わせて10万部増刷という異例の措置をとり、5月29日全国発売初日に68万部(1・2巻合計)を出荷したが、完売店が相次ぎ、その後も増刷を続けた結果、6月4日時点で、1巻51万部、2巻45万部という驚異的な売り上げを記録しているのはご存知のとおりだ。

「物語の内容を事前には一切公表せず、読者の飢餓感を煽ったのも爆発的な売れ行きの一因でしょう。新潮社内でも、担当編集と上層部の一部しか内容を知らなかったというくらい情報が徹底管理されていたそうです」(大手出版社編集者)

 確かに、平易ながらも斬新な文体、多層的な読みが可能な世界観といった点で村上の作品群は評価され、一般読者にも受け入れられてきた。評論家・福田和也も「夏目漱石以降の最重要作家」と語るなど、村上を評価する論者も多い。あるいは、ノーベル賞発表時期には、必ず文学賞候補と噂されては、落選したと報じられる(ノーベル賞候補者は非公開。本当に候補だったかなど知る由もないのだが)ため、素人目には、村上はさもスゴい作家に見える。だが、その一方で村上ほど批判渦巻く作家はいないのもまた事実なのだ。

田中康夫がズバリ!  「春樹は心智が卑しい」

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 後出する比較文学者の小谷野敦氏が「日本人はアメリカ好きだから(笑)」と指摘するとおり、国内の村上人気の理由のひとつに、いち早く国内文学作品に米文学的ノリを取り入れた点が挙げられる。

 作家の丸谷才一が、79年上期の芥川賞の選評で『風の歌を聴け』【4】を「アメリカ小説の影響を受けながら自分の個性を示さうとしてゐます」(「文藝春秋」79年9月号)と語るなど、村上がアメリカ文学を血肉としていることは、一定の評価を受けているのは間違いない。しかし、その一方で同じ選考委員の瀧井孝作は「ハイカラなバタくさい作だ」(同)とバッサリ。80年上期に『1973年のピンボール』【5】が同賞候補になったときも、評論家の中村光夫が「アメリカ化した風俗も、たしかに描くに足る題材かも知れない。しかしそれを風俗しか見えぬ浅薄な眼で揃へてゐては、文学は生れ得ない」(同80年9月号)としている(両年とも村上は落選)。

 大出世作だけに『ノルウェイの森』は、多くの評価を集めるとともに、最も批判も呼んだ一冊だろう。哲学者・中島義道は『私の嫌いな10の言葉』(新潮社)の中で、同作を「『デブでブスで誰にももてずに』とか『三流大学さえ受からないアタマで』とか『父親に殴られて育って』とかいう具体的な悩み」のない「知的にも肉体的にも並以上、いや恵まれた」人物が「抽象的な理由で自殺したり(中略)抽象的に他人を世間を恐れ」る「非現実的」で「相当ひどい話」と評している。

 評論家の斎藤美奈子は『ノルウェイの森』をはじめ、一連の村上作品を「主人公の知力・体力・武力がレベルアップしていくにしたがって、次々と新たなモンスターとの戦いが待っているロール・プレイング・ゲーム」(『文壇アイドル論』岩波書店)的だと分析。裏技探しに熱狂するゲームオタクに似た「文学プロパーのゴタク心を非常にくすぐ」るプロットが、彼らに「『ノルウェイの森』というタイトルの由来は何かといったトリビアルな(クソの役にも立たない)推理を得意げに披露」させるとコテンパンに批判している。

 思想家・柄谷行人も村上作品の風景は「人工的」(『終焉をめぐって』講談社学術文庫)であり、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』【6】などには、コンピュータゲーム同様「『神話や儀礼』に近いロマンス」が臆面もなく盛り込まれるため「注意すべき」と語っている。

 なお、斎藤は「壁と卵」のスピーチについても「こういう場合に『自分は壁の側に立つ』と表明する人がいるだろうか(中略)作家はもちろん、政治家だって『卵の側に立つ』というのではないか」(「朝日新聞」09年2月25日付夕刊)と批判、それを受けて田中康夫も「村上春樹氏の心智の卑しさを冒頭で看破」(「週刊SPA!」09年3月17日号)と斎藤に喝采を送った。

 出せば売れるドル箱作家ゆえ「村上叩きは、文芸界隈のタブーに近い」(小谷野氏)だけに、前記のような批判は、一般にはなかなか届きにくかった側面もあるだろう。しかし『ノルウェイの森』が20年以上を費やして870万部売れた一方、『1Q84』の発行部数は、わずか数週間程度で100万。『ノルウェイの森』に並んで村上の代表作になる可能性が高く、近いうちに作品解釈をめぐり、誰の耳にも聞こえるほどの論争が起こることも予想される。1000ページ超の大作をムリに読む必要はないが、新聞、雑誌、ネットで繰り広げられるだろう「春樹論争」を眺める価値は十分ある。名うての論客同士の罵り合いから、珍論奇論の応酬まで、あらゆるケンカ模様を楽しめるはずだ。

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【1】『ノルウェイの森』上下巻
村上春樹/講談社文庫/上下巻ともに540円
自殺した親友、心を病む恋人をめぐる主人公の葛藤や喪失感を描く。話の筋そのものだけを見てみると、野島伸司あたりが書く物語と大差ないような気もする......。


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【2】『アフターダーク』
村上春樹/講談社文庫/540円
「新世界へ向かう村上小説」と銘打たれ04年に発表された。2人の女性を中心に、深夜から夜明け頃までの時間軸で物語が進んでいく。春樹ファンの間では、評判はイマイチらしい。


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【3】『1Q84』1・2巻
村上春樹/新潮社/1・2巻ともに1890円
青豆を主人公にした「青豆の物語」と天吾を主人公とした「天吾の物語」の2つで構成されている。「IQ84(知能指数84)」と読み間違える人、多数。どこまで部数が伸びるのか......。


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【4】『風の歌を聴け』
村上春樹/講談社文庫/400円
デビュー作。登場人物の「僕」と「鼠」がひたすらビールを飲みながら、恥ずかしい会話を繰り返す物語。大森一樹によって81年に映画化された。「僕」を演じているのは小林薫。


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【5】『1973年のピンボール』
村上春樹/講談社文庫/420円
デビュー第2作。【4】と本作と『羊をめぐる冒険』を合わせて、初期三部作。双子の姉妹と過ごす「僕」の日々が描かれている。このシチュエーションが羨ましいことだけは認めよう。


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【6】『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』上下巻
村上春樹/新潮文庫/上巻620円、下巻580円
高い壁に囲まれた街で暮らす「僕」の世界と、思考回路を組み込まれた「私」がある秘密をめぐって活躍する世界の2つがパラレルに進行する。作品解釈をめぐって、さまざまな議論が。



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