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第2特集
知的障害者、そして精神障害者の犯罪【3】

社会学者・河合幹雄が語る「日本の犯罪状況をとりまく"真相"」

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――「治安悪化」がまやかしであることを喝破し、実証的な犯罪研究で著名な法社会学者の河合氏は、総体として見た場合の「精神障害者・知的障害者の犯罪」をどう分析するのか?

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上/犯行少年が精神科への入院歴があったことが話題となった、00年に起きた佐賀バスジャック事件。下/「レッサーパンダ帽事件」を報じる当時の朝日新聞。

──一部の扇情的な事件報道によって、読者や視聴者が、「精神障害者や知的障害者は犯罪を起こしやすい」という偏見を持つようになっている、との指摘もあります。実際のところは?

河合幹雄(以下、) 統計的に、知的障害者・精神障害者が起こしやすい犯罪の傾向は見られますが、知的障害者・精神障害者の犯罪率が、全体と比べて高いということはありません。それどころか、知的障害者・精神障害者の総人口に占める割合が2・8%であるのに対し、総検挙数に占める割合は0・8%ですから、総体としてはむしろ低いといえます。ただ、そうしたデータを見せられても、おそらく一般の読者や視聴者は、感覚的にしっくりこないでしょうね。

──読者・視聴者がデータに違和感を覚える原因として、メディアの影響のほかに、どのようなことが考えられますか?

 そもそも知的障害や精神障害に関する知識が乏しい、という点が挙げられると思います。一般読者・視聴者の多くは、日常的に知的障害者や精神障害者と接する機会が少なく、障害の重い人ほど危険、というイメージを抱きがちです。ですが、現実には、障害の重い人には、そもそも犯罪の実行能力がありません。また、問題のはっきりしている人に対しては、なんらかの対処も可能です。逆にいえば、小さいとはいえ犯罪を起こす可能があるのは、医学的・社会福祉的な方策から漏れてしまう、軽度の障害者に限られるのです。また、病名等がつかないほど障害の程度が軽く、表面化しないケースも多々あると考えられますから、統計上、知的障害者・精神障害者の犯罪率が低いのも、ある意味で当然といえるでしょう。

──『犯罪白書』によると、特に放火および殺人の総検挙人員に占める精神障害者(医学上の知的障害者を含む)の比率は、極端に高いですね。この点について、どう分析しますか?

 放火という犯罪は、コミュニケーション不能を要因として引き起こされる場合が多いですから、ある種の障害との因果関係は無視できないでしょう。ただ、殺人に関しては、さまざまな解釈が可能です。例えば、精神障害者の殺人件数が多いのではなく、健常者の殺人件数が少ないのだ、という説明も成り立ちます。また、確かに、ある種の精神障害に絞れば、症状の悪化とともに暴力的になる可能性の高いタイプはあります。ですが、それはごく限られたケースに関してのみいえることであり、「精神障害者イコール暴れて危ない人」と一括りに認識するのは、明らかに誤りです。

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↑画像をクリックすると拡大します。

──統計の数字だけでは判断できない。

 そうです。例えば、一口に「殺人件数」といっても、その内訳を調べると、そのほとんどは殺人「未遂」ですからね。さらにいえば、再犯の恐れがある場合、なんとか理由をつけて収監しなくてはいけませんから、「責任能力あり」と鑑定してくれるところに依頼する、ということも行われています。目の前にいる患者の精神状態ならともかく、犯行時点での正確な精神状態など、実際問題として鑑定のしようがなく、どちらともいえるケースがほとんどですから。

──では、昨今の知的障害者・精神障害者の事件報道から、どんな傾向がうかがえますか?

 明確な傾向とまではいえませんが、全体として、事件の内容を包み隠さず報道するものが目立ってきていると感じます。そうした報道が増えたきっかけを挙げるとすれば、精神科病院への入院歴のある少年が逮捕された、00年の佐賀バスジャック事件でしょう。通常であれば、犯人に精神障害があると疑われる場合、報道は慎重になされます。ですが、あの事件では、入院歴が明らかになるまでのわずかな間に、引っ込みがつかなくなるほど大々的に報じてしまった。それによって開き直ったというか、あの一件を境に、知的障害者・精神障害者の事件に対するメディアの姿勢が、明らかに積極的になったように思います。もちろん、近く裁判員制度が施行されることとの兼ね合いで、障害者の事件に限らず、事実を隠さず報道する傾向が強まってきたことも、一因としてあるでしょう。

──一方で、01年の浅草女子短大生刺殺(レッサーパンダ帽)事件のように、加害者の障害が判明した途端報道がトーンダウンするケースも多々あります。

 批判もされますけど、知的障害や精神障害に対する偏見を助長しないため、という観点からいえば、健全な姿勢だと思います。また、障害者が被害者である事件の詳細を報道すれば、手口を模倣する犯罪を誘発しかねませんから。実は、重大犯罪にもかかわらず、一切報道されない事件もたくさんありますし、責任能力なしとして不起訴になる事件も、年平均で120件ほどあるんです。当然、一般読者・視聴者の多くは、そうした非公開の事件が存在すること自体を知らないので、メディアの行き過ぎや萎縮を槍玉に挙げますけど、メディア側には、「公表できる事件か否かを判断し、できないものについてはしっかりと秘匿している」という言い分があるわけです。

──それでは、今後、メディアはどんな事件報道を志向すべきでしょうか?

 日本の体感治安が悪くなっているのとは裏腹に、実際の治安がまったく悪化していないことは、さまざまなデータから明らかです。知的障害者や精神障害者の事件に関しても同様で、件数は増えていないし、犯罪全体から見てもごく少数です。メディアは、そうした正確な日本の現状を伝えることで、現状、高まりすぎている犯罪に対する不安感を払拭するよう努めるべきでしょう。

 また、特異な事件をセンセーショナルに扱うのをやめろ、とまでは言いませんが、そればかりを報道するのではなく、「普通の」殺人事件の実態や過去の類似事件などを併せて取り上げることで、事実としての日本の犯罪の全体像を示し、事件の位置づけを行うことも必要だと思います。

 ただ、実名・匿名報道の問題は難しいですね。加害者および家族の人権を侵害する恐れがある一方で、実名報道によって世間から放逐されるという恐怖感が、日本人の倫理観を成り立たせているという側面もありますから、一概にどちらがいいと決めつけることはできません。

──他方、読者・視聴者には、理解しがたい凶悪犯罪のニュースや、危機感を煽るような報道に、つい飛びついてしまう傾向があります。事件報道に接する際、読者・視聴者は、どんな点に留意すべきでしょうか?

 先ほども述べた通り、日本の治安は悪化していないし、犯罪件数も増えていません。そのことをメディアは知っていますから、「増えている」という言葉を使わずに、かつ読者・視聴者の欲求に応えるような報道をしなければならない。そこで開発された言葉が、「相次いでいる」です。ですから、「最近、このような事件が相次いでいる」というフレーズが出てきたら、「あ、減っているんだな」と読む。これが本当のメディアリテラシーというものです(笑)。

(文・構成/松島拡、西川萌子)

かわい・みきお
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店)などがあり、「治安悪化」が誤りであることを指摘し、話題となった。


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