AI時代の雇用と人間にしかできない仕事

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

生成AIが急速に普及し、人間の仕事や働き方は変化の局面を迎えている。技術は人間の仕事を奪うのか、それとも新たな可能性を拓くのか。国際派エコノミストとの対話から読み解いていく。

今月のゲスト
宮本弘暁[一橋大学経済研究所教授]

慶應義塾大学経済学部卒業、米国ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得(Ph.D. in Economics)。国際大学大学院国際関係学研究科教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金(IMF)エコノミスト、東京都立大学経済経営学部教授などを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。著書に『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)などがある。

萱野 生成AIの発達によって「人間にしかできない仕事とは何か」ということが改めて問われています。これまで人間が担ってきた仕事の一部をAIが代行するようになったことで、逆に「人間の固有性はどこにあるのか」という問いが強く意識されるようになったといってもいいかもしれません。今回お越しいただいた宮本弘暁さんはマクロ経済学・労働経済学をご専門とし、AIの普及によって私たちの労働はどのように変わるのかという点についても鋭い考察をされています。まずは、オックスフォード大学のカール・フレイ博士とマイケル・オズボーン准教授が2013年に発表した論文を取り上げましょう。彼らはこの論文で、今後10〜20年の間に米国労働者の47%がAIやロボットといった機械によって代替される可能性が高いという推計を示しました。この推計は当時、世界的にも大きなインパクトを与え、多くの議論を呼び起こしました。宮本さんもご著書『101のデータで読む日本の未来』の中でこの論文に言及されていますね。

宮本 おっしゃる通り、人間の仕事がAIやロボットに奪われていくリスクを明確に示した推計は多くの注目を集め、学術界だけでなく産業界も含めて〝雇用の未来〟について本格的に議論されるきっかけになったと思います。ただ、OECDも同様に2016年に仕事の自動化についての研究報告をおこなっており、そこでは機械に置き換えられる可能性の高い仕事の割合は、OECD平均で14%と試算されていました。こうした数値はあくまで未来予測ですから、推計や試算のベースとなるデータが異なれば結果も大きく変わります。フレイとオズボーンの研究はその当たり外れではなく、将来の可能性を指し示したという点で非常に意義のあるものだったといえるでしょう。

萱野 フレイとオズボーンの論文発表からすでに10年以上がたっています。現在からみれば、彼らの推計はあまり当たっていなかったといえるでしょう。ただ、テクノロジーの進展を前にして多くの人が漠然と感じていた問題意識を数値によってあらわし、多くの議論の端緒を開いたという点で彼らの仕事は高く評価されるべきですね。

女性の服を着たラッダイトの指導者を描いた風刺画。(写真/Henry Guttmann Collection/Hulton Archive/Getty Images)

宮本 技術革新が経済や雇用に及ぼす影響というテーマ自体は、第一産業革命の頃から議論されている古くて新しい問題でもあります。たとえば、1810年代のイギリスでは、蒸気機関の普及が「人々の職を奪う」ものとして多くの労働者の反感を買い、織機の破壊運動、いわゆる〝ラッダイト運動〟が起こっていますし、1930年代には経済学者のケインズが、新技術が人々から雇用を奪う技術的失業の増加について警鐘を鳴らしています。実際に蒸気や電気、あるいはインターネットといった技術の進歩は人々の雇用をさまざまに変化させてきました。しかし、AIやロボットの登場は、これまでの技術革新とは異なる次元での変化をもたらすのではないか──そうした議論のベースになっているのが、フレイとオズボーンの研究だといえるでしょう。

萱野 日本でも野村総研がフレイとオズボーンと共同研究をおこない、国内601種類の職業について、それぞれAIやロボットなどに代替される可能性を試算していますね。そこでは、日本の労働人口の約49%に当たる職業が機械によって代替される可能性が高いと推計されています。たとえば、電車運転士、経理事務員、検針員、一般事務員などは、自動化される可能性がきわめて高い職業として挙げられています。たしかにこれらの仕事の一定部分はすでに機械によって自動化されていますよね。たとえば、ゆりかもめのような無人運転の電車はすでに実用化されていますし、経理作業も会計ソフトによる自動化が進んでいます。検針はスマートメーターが普及すれば必要なくなりますし、一般事務職においてもルーティーン業務は今後ますますオフィスのデジタル化によって自動化されていくでしょう。

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