>   >   > 【ジョージ・マイケル】寡作、天才、いろいろ少数派
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丸屋九兵衛の音楽時事備忘録「ファンキー・ホモ・サピエンス」【44】

寡作、天才、いろいろ少数派――ジョージ・マイケルのこと

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『Twenty Five』

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ジョージ・マイケル(販売元:ソニーミュージック)

そんなわけで寡作の人。最後のオリジナル・アルバム『Patience』は04年だが、その後の06年に出た2枚組ベスト盤を取り上げておこう。タイトル通りキャリア25年を記念したもの。ソロ転向後の曲が中心だが、冒頭に置かれたクールな名曲「Everything She Wants」など、ワム! 時代のヒットも含む約30曲。


 昨年を振り返ると、年始から年末までボーイ・ジョージがお悔やみ担当だった気がする。

 1月10日、デヴィッド・ボウイ。

 10月23日、デッド・オア・アライヴのピート・バーンズのときは、葬儀費用もボーイ・ジョージが負担。

 そして12月25日。できすぎた、しかし趣味の悪い冗談のように、クリスマスに死んだジョージ・マイケルに対しても。70~80年代のUK音楽シーンを彩った顔たちが次々と旅立った16年。

 時折思う。「黒人」「白人」「アジア人」という大雑把な分類には一見して当てはまらない微妙なマイノリティ系の海外セレブは、人種・民族に鈍感な日本ではどう分類されているのだろう、と。

 例えば、前々号で取り上げたブルーノ・マーズ。洋楽過疎国と化した今の日本では珍しいくらいの人気を誇るが、フィリピンやプエルトリコというバックグラウンドは理解されているだろうか? 一時期、「ドバイの狼」として人気を博したカール・ウルフも、レバノン生まれドバイ育ちのアラブ系ということは無視され、白人として通用していた気がする。

 そしてたぶん、ジョージ・マイケルも。それはワム!としてデビューした頃から、英語の芸名で通した本人のせいでもある。だが、同時代に登場したカルチャー・クラブ──そのグループ名は「(多)民族による集団」の意味だった──ほどあからさまではなくとも、多民族で多文化なイングランド・UKを象徴する存在だったのだ。

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