>   >   > 【連載】「マル激 TALK ON DEMAND」第70回
連載
神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第70回

人間だけが抱くことができる「希望」と「絶望」

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ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

今月のゲスト
松沢哲郎[京都大学霊長類研究所教授]

「人間とは何か?」この普遍的なテーマに対し、哲学や科学はかねてより多様なアプローチを続けてきた。そんな中、遺伝的に人間に最も近いとされるチンパンジーの研究を続ける松沢哲郎氏は、人間とチンパンジーを比較することによって、その答えを導き出そうとしている。研究を通じて浮き彫りとなった「ヒト」と「チンパンジー」の特性について話を聞いた。

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チンパンジーの女性は、生涯にわたって子どもを産み、育てることができる。このことが、人間とチンパンジーを比較したときに、子育てや家族の役割という点で大きな違いを生んでいる。母子の絆をもとに石器の使い方を学ぶ、ボッソウの野生チンパンジー。(写真/松沢哲郎)

神保 普段は政治や経済、社会問題をテーマにすることが多いマル激ですが、今回はちょっと異色なテーマを取り上げます。テーマは「チンパンジー」。類人猿の中でも最後にヒトと枝分かれしたチンパンジーは、ゲノムレベルでは人間とほとんど変わらないそうです。しかし、その内面というか、脳の機能には大きな違いがある。その違いを見ることで、逆にヒトとはなんなのかが見えてくるのではないかというのが、今日のテーマです。

宮台 ヒトをヒトたらしめている要素は何か。ほかの霊長類との違いについて、僕らも小さい頃から学んできました。ところが最新の研究だと、チンパンジーと人間が分かれたのはたった500万年前。生物進化の歴史からすると、ごく最近だったことが明らかになっています。だからこそますます、チンパンジーとヒトにどんな違いがあるのかに興味が湧きます。

神保 ゲストは京都大学霊長類研究所の松沢哲郎教授。松沢先生はチンパンジー「アイ」の研究で有名な方で、2007年には雑誌「アエラ」(朝日新聞出版)の表紙を飾ったこともあります。当時の研究内容は、どんなものだったのですか?

松沢 「人間の大人より、チンパンジーのほうが数字の記憶力に優れている」という論文を出した時期です。それまでも手話が覚えられたり、文字が認識できたり、という研究がなされていましたが、総じて「人間ができることの一部を、チンパンジーもすることができる」という内容に過ぎなかった。私どもの研究に注目が集まったのは、「チンパンジーのほうが優れている」という結果にインパクトがあったということでしょう。

神保 人間はチンパンジーよりも3倍も大きな脳を持っているのに、記憶力では負けてしまう。これは、人間が単に目の前のことを覚えること以外の、何か別のことに脳のかなりの部分を使っているからだと松沢先生はおっしゃる。この「別のこと」とは何かを考えることで、人間がどんな存在であるかが見えてくるのではないか。松沢先生の近著『想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心』(岩波書店)を読むと、そのことがよくわかります。先生の研究は「比較認知科学」という分野で、チンパンジーの専門家でありながら、実は人間も研究しているのですね。

松沢 「比較認知科学」の「比較」とは、人間とそれ以外を比べる「種間比較」のことです。そして「認知科学」は、「心理学」と言い換えてもいい。つまり、人間の心を科学的/客観的に調べる上で、人間ではないものの心について考えていく。

 例えば、日本という国について知りたいときに、歴史や地理、社会制度を勉強するより、外国に行くと手っ取り早く理解できるでしょう。これと同様に、当該のものに目を向けるのではなく、その外側=アウトグループを見ることで理解を深める、という研究です。

 もともと私は、人間とはどんな存在なのか、ということが知りたくて、哲学を志しました。しかし、フランス語やラテン語で書かれている哲学書を読んでいくうちに、「白い紙の上にある黒い染み=無機質な文字が、本当に人間の真実を伝えているのか」という違和感を覚えたのです。そこで心理学に転向し、アウトグループとしてネズミの脳の研究を行い、そのあとにチンパンジーと出会いました。20代半ばのことですね。

神保 話の前提として、進化の歴史上、人間とチンパンジーはどんな関係にあるのか、ご説明ください。

松沢 ヒト科には「オランウータン属」「ゴリラ属」「チンパンジー属」、そして「ヒト属」があります。この中で、最後に枝分かれしたのが「チンパンジー属」と「ヒト属」で、それが500万年前のこと。みなさんは、「チンパンジーと人間/チンパンジーとゴリラ」なら、後者のほうが近い存在だと考えるでしょう。しかし、進化の歴史を見てもチンパンジーと人間のほうが近く、また05年にチンパンジーのゲノムがすべて解読され、30億のDNAのうち、1・2%しか人間と違わないことが明らかになっています。

 人間とは何かを考えるためのアウトグループとして、500万年前までは同じ種類の生物であり、DNAも酷似しているチンパンジーを研究するのが効果的だ、ということです。

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