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萱野稔人と巡る超・人間学【第25回】

萱野稔人と巡る【超・人間学】――ウクライナ危機と“大国”をめぐる地政学

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始、国際秩序はこの戦争によってどう変わるのか。プーチン大統領の国家観、大国ロシアの行動原理、地政学――この背景と展望を国際政治学者・細谷雄一氏に聞く。

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細谷雄一氏(写真/永峰拓也)

今月のゲスト
細谷雄一[国際政治学者]

慶應義塾大学法学部教授。アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。専門は国際政治学、外交史。北海道大学専任講師、敬愛大学国際学部専任講師などを経て現職。主な著書に『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社)、『戦後史の解放Ⅰ・Ⅱ』(新潮社)、『新しい地政学』(編著・東洋経済新報社)など。


萱野  ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。今回は、このウクライナ侵攻から見えてくる国家の生態について、国際政治学者の細谷雄一さんと考えていきたいと思います。人間社会において国家はどのような行動原理のもとで存在しているのか。これが今回の根本的なテーマです。まず、このウクライナ侵攻については、ロシアの国益からみても不合理な行動なのではないか、という指摘がいくつもなされています。確かにロシアが現在被っている厳しい経済制裁や国際的な孤立を見れば、果たしてロシアはこれらの代償に見合った成果を軍事侵攻によって得られるのかどうか、疑問を感じざるを得ません。なぜロシアはこうした不合理さにもかかわらずウクライナに軍事侵攻したのでしょうか。

細谷 ロシアのウクライナ侵攻に合理性がないという指摘はまったくその通りだと思います。ただ、それは21世紀の自由民主主義国家に生きる私たちの考える合理性であり、プーチン大統領の考える合理性とは異なるのでしょう。言ってしまえば、プーチン大統領は19世紀の世界に生きているのだと思います。ナポレオン、ビスマルク、パーマストンらが率いた当時のヨーロッパ大国の行動原理なら、ウクライナ侵攻は合理的と言えるのです。そこでは勢力圏の確立がなによりも重要であり、勢力圏を拡大できるのであれば拡大するのは当然です。たとえば、18世紀末にはロシア、プロイセン(後のドイツ)、オーストリアは衰退していたポーランド王国を3回にわたって分割して消滅させました。それが大国の行動原理だったのです。そしてプーチン大統領のロシアもこうした19世紀的な行動原理を持ち続けていると考えられます。

萱野 ウクライナに軍事侵攻したロシアには19世紀的な大国の行動原理が見られるということですね。

細谷 19世紀的な大国中心主義的国際秩序観のもとでは、分割されるポーランド王国はもはや主権のある国家と見なされていませんでした。同じようにプーチン大統領にとってウクライナに主権は存在しない。かつてプーチン大統領は「ウクライナはそもそも国家ではない」と述べたことがありますが、その根本にはこうした国家観があるわけです。そしてプーチン大統領の国家主権に対する独特の認識では、完全な主権を有する“大国”の基準は核兵器なんですね。核兵器を持たない小国は部分的にしか主権を有さないのです。私は当初よりロシアとの北方領土交渉がうまくいくはずがないと思っていたのですが、それはプーチン大統領にとっては日本も完全な主権を持つ大国ではないからです。プーチン大統領の認識では、ウクライナも日本も大国ロシアに対して対等に主権や領土の尊重を主張できる存在ではありません。ロシアのこのような国家観を共有できるのは中国だけです。両国が接近しているのは戦略的な利益だけではなく、この大国主義的な国家観を共有しているからとも言えるでしょう。

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