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更科修一郎の「批評なんてやめときな?」【51】

元農水事務次官の事件を見て振り返る……幽霊、殺されても咎人となるニート。

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――ゼロ年代とジェノサイズの後に残ったのは、不愉快な荒野だった?生きながら葬られた〈元〉批評家が、墓の下から現代文化と批評界隈を覗き込む〈時代観察記〉

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スコアラーでもクリエイターでもなく、ゲーセンのコミュニケーションノートに集っていた平凡な常連たちを語る本は少ない。

 所用で遠出していたら、学生時代に通っていたゲームセンターの同窓会連絡網から珍しく連絡があった。「あれ、神崎だよ」と。何の話かと思ったら、熊澤という元農林水産事務次官の老人に殺されたニート息子の事件だった。確かに、テレビで見た被害者の写真はよく顔を合わせていた頃の写真だった。ゲーセンでは神崎と名乗っていて、本名も知らなかったので神崎と呼ぶが、会えば挨拶していたし、常連たちで食事へ行ったこともある。とはいえ、友人と言うほど親しくはなく、19年前にゲーセンが閉店した後は接点もなく、前述の同窓会連絡網にもいなかった。実家がいわゆる上級国民で、オンラインゲームの世界で問題人物だったことも事件後の報道で初めて知った。

 個人的な記憶を辿った限りでは、時折、棘のある言動はあったが、基本的には温厚な人物だった。当時の常連仲間に言わせると、出版業界のマニアックな話題や大言壮語を繰り返す筆者のほうがよっぽどおかしい人物で、本当に出版業界へ入ったので「普通」扱いになったが、何者でもない予備校通いの高校生がそんなことを話していたら正気を疑われるのは当然だ(当時、すでにライターデビューしていたのだが、嘘だと思われていたことも最近知った)。

 そのゲーセンは予備校(美術学校)とアニメ専門学校の隣にあったから、重篤中二病患者たちの野戦病院だった。筆者は絵描きでもないのに中二病だったから悪目立ちしていたが、神崎より絵は上手いが「画力=人間の価値」と公言する、神崎よりクズな人格のプロ絵描き予備軍も山のようにいて、そいつらを使って一山当てようとする悪い山師たち(同人ゴロやゲーム業界人)も蠢いていたから、正直、素人の域を出ない神崎の居場所はなかった。それでもアニメーター志望だったから、いつも永野護を模写したようなメカ絵のポートフォリオを抱えていた。筆者はライターを経てエロマンガ誌の編集者になっていたから、プロの目線で感想を求められたこともある。なので、エロマンガの持ち込みと同じような感覚で長所と短所を淡々と説明したが、それで怒るようなこともなかった。プロになれる才能はなかったが、憧れていることはよくわかったので、趣味の範疇でそれに近づくための指摘に留めたからだ。

 承認欲求に飢えていたのも、クズの金持ちボンボンだったのも事実だろうが、90年代の基準ではごく普通のオタク青年だった。だからこそ、19年前の閉店まで常連だった。前述のクズ絵描きや山師たちはいつの間にか消えていた。野戦病院だったゲーセンは、次第に美術学校やアニメ専門学校でのマウント合戦に疲れた常連の溜まり場となり、他に属するコミュニティのないボンクラがのんびりやっているぬるま湯空間になったから、山っ気のある連中には退屈だったのだ(筆者がいたのは、プライベートくらいマウント合戦から離れたかったからだ)。そして、ボンクラだった常連たちは全員、社会に出る過程で自分の才能と折り合いをつけ、相応の商売に就いているのだが、なまじ金があった神崎は「折れる」必要がなかった。気に入らなければ家で遊んでりゃいいわけで。けれども、それでは満たされないからオンラインゲームの課金額でマウントを取るなど、金持ちボンボンの孤独を煮詰めたキャラのまま44歳まで生き続けたが、結局は殺された。

 報道された過去の所業にしても、直前に起きた登戸の児童襲撃犯にまったく生活記録がなく、叩くネタがなかったことの反動なのか、殺された側がまるで殺人犯のように報道されているのは、どうにも釈然としない。そもそも、父親の犯行動機も登戸の報道を鵜呑みにしたからなのだが、そこはスルーされている。上級国民の面子の問題と言ってしまえばそれまでだが、父親のほうが共依存的になっていたのではないか。というか、父親の思考回路もまた『いけない!ルナ先生』レベルの飛躍したネガティブ短絡思考だったからだ。ルナ先生ならエロで解決するところを惨殺した、という違いはあるが。「子供を理解しなければならない」という常人離れした執着を感じるのに、選択肢がどれもおかしいのだ。同人誌即売会の売り子の件とか。

 結局、他人事なのだが、微妙に他人事とも言い切れない事件だった。だいたい、学生時代に顔を合わせていた知人が殺された上に犯人扱いされているという不条理はなんともやり切れない。父親のほうには嘆願やら署名やら集まって執行猶予が付くのだろうが。そして、いつの間にかこの連載も50回を超えていた。世の不条理に首を捻り続けて50回。

更科修一郎(さらしな・しゅういちろう)
コラムニスト&〈元〉批評家。90年代から批評家として活動。2009年、『批評のジェノサイズ』(共著/弊社)刊行後、休業。15年に活動再開。阿部サダヲ演じる『いだてん』の田畑を観て「ひでえなあ」と笑っていたら、知人に「昔のお前そっくりで笑えないんだが」と言われ、凹んでいる。

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