サイゾーpremium  > 特集2  > 企業の本音と【アスペ対策】
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『「もしかして、アスペルガー?」と思ったら読む本』(永岡書店)

――一般社会でコミュニケーションに齟齬があると、職場の人間関係がうまくいかず、「アスペ」呼ばわりされてしまうようなケースも少なくない。こうした状況に企業や社会はどう対応しているのだろうか? その本音を探った。

 2000年代中頃から現在にかけて、発達障害に関する膨大な関連書籍が出版され、ビジネス誌などでは「働き方」という観点から幾度となく論じられてきた。そのかいあって、存在が一般に知られるようになり、障害に対する理解は大きく進んだ。

 しかし一方で、「困った時の発達障害」ではないが、職場や取引においてもちょっと言動に一癖ある人間や、自分と相いれない人間に接した時に、安易にこのワードを使ってしまうケースも多い。例えば、ネットで人の意見を聞かない人間を「アスペ」呼ばわりしたり、仕事のできない同僚を「あいつ、アスペなんじゃないか」などと噂したりするような行為がそれに当たる。概論にもあったように、高畑裕太の事件でレッテル貼りが行われたのも、同根の現象といえるだろう。この“発達障害バブル”とでもいうべき状況は、社会における浸透の表れなのか?

発達障害をめぐる“脱法ドラッグ的”状況

 メンタルヘルス対策の専門家であり、現在約30社もの企業の産業医を務める大室正志氏は、発達障害というワードが、現在のバブル的フェーズに入った要因について、次のような持論を語った。

「企業から、社員の発達障害を疑う相談をよく受けますが、彼らの多くは、問題の社員が『発達障害である』というお墨付きを医師からもらうことで、周りを納得させたいのです。つまりほかの社員に『なんとかうまく付き合っていってくれ』と言うための大義名分が欲しいわけです。このタイプの相談者のところに医師が集まってきて、問題視された社員に対して発達障害の診断を出しまくったことが、インフレとも呼べるような現在の状況に一役買ったといえるかもしれません」

 しかし、いざ発達障害の診断が出たとしても、問題はむしろそこからだ。日本の企業には、社員の安全と健康に配慮しなければならないという、安全配慮義務が課せられている。これはかつて、勤務中のけがなどに対応したものだったが、91年の「電通事件」(大手広告代理店・電通の新入社員が過労により自殺した事件。過労に対する安全配慮義務を求めた最初の事例とされる)以降、心の健康も配慮すべき対象となった。

「うつ病の人に対しては、一定の配慮をしなければいけないという社会的相場感覚がある一方で、『会社でコミュニケーションがうまく取れない』というような曖昧な困難さに対して、企業がどれほどの配慮義務を有すべきかが、はっきりしていないのです。問題はあってもルールが整っていない。いわば、かつての脱法ドラッグと似た状況ですね」(大室氏)

 グレーな現状ゆえか、こんな声も聞こえてくる。

「私も企業から『社員がアスペルガーかも』という相談をよく受けます。そんなとき、最初に伝えるのは『障害だから治療が困難』ということと、『社員が診断書を受けた以上は、何かあった時には企業側に責任が発生する』ということです。その上で、『診断が出ていない今の段階なら、社員の問題行動を理由に降格やクビにする選択肢もありますがどうしますか?』と問うと、8割方が診断希望を取り下げますね」(産業医A)

 いくら発達障害への理解が広がろうと、それに伴い、法律レベルでの対策が進まない限り、こうした状況は変わらないだろう。この歯がゆい現実を打破するためにも、実際的な法律の整備が待たれる。

コミュニケーションバブルが生んだ“発達障害バブル”

 アスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害の一種だが、知的障害を伴わない。ゆえに、与えられた仕事や環境次第では、力を発揮する場合もある。医療ジャーナリストの石塚集氏は、あるアスペルガー患者のケースについて話す。

「彼は、人の話を聞かないでつっ走るタイプで、自社の人間からするとマネジメントが難しい大変な存在でもありましたが、めちゃくちゃ仕事は取ってくるんです。『行動に大きな偏りがある』という障害の特性が、本人のネアカな性格といった“個性”と相まって、お客さんには『熱心なヤツ』と映ったようです」

 これはアスペルガー障害をひとつの個性として捉え、得意分野を追求できるようなチーム編成や環境を用意することで、ウィークポイントを強みに変えることの可能性を示唆したエピソードといえよう。しかし、社会的コミュニケーションに齟齬があって自閉していくと、本来の能力も発揮できない。そして、取材を進める中で、折に触れて耳にした象徴的な言葉が、この「コミュニケーション」だった。

 前述のように、発達障害への言及が目立ち始めたのは、2000年代中頃から。同時期に注目を集めた言葉に、「空気が読めない」を意味する「KY」がある。

「現在の社会は、空気を読みすぎて疲れてしまっているんです。コミュニケーションにおける察知能力みたいなものに過剰に反応しすぎて、精神をヤラレてしまっている格好です。正確に言えば、発達障害バブルとは、コミュニケーションバブルの副産物なのです」(前出・大室氏)

 そして大室氏は、発達障害バブルの象徴として、『ひとりぼっちを笑うな』 (14年/角川書店) が話題となった、マンガ家の蛭子能収氏の名前を挙げる。

「蛭子さんも、発達障害ではないかとしてネットで話題になることがありますが、彼の本のテーマは、いわば孤独な人間による幸福論です。本書が好意的に受け止められているということは、発達障害に対して、社会が寛容化していることの表れでしょう。しかし一方で、彼は特殊な例でもある。普通の会社員であったなら、おそらく生きづらい人生を送っていたであろう蛭子さんが、幸福を感じながら生きていること──それが、現在の日本において、ある種の清涼剤になっている可能性もあります」(同)

 つまり、蛭子氏がある種の共感をもって受け入れられていることは、発達障害者の生きづらさ・大変さの逆投影なのかもしれない、ということだ。これは、アップル社の創始者、故スティーブ・ジョブズのような“天才”を発達障害と結びつけて論じることが好まれるのと通底するものがあるように思える。

 では、発達障害者を取り巻く環境をめぐっては、これからどのような歩みが予想されるのだろうか。

「これまでは、医師に診断されたら、とにもかくにもそれに従うのが当たり前とされてきましたが、例えば、がん治療の現場では『自分たちの生き方を踏まえた上で診断してほしい』と訴える患者も増えてきました。乳がん患者が乳房を切除するか否かを自分で決めたり、患者が治療ガイドラインの編集委員に入ったりすることもあります。こうした『患者が声を上げる時代』が、遠からず発達障害の世界にも訪れるのではないでしょうか」(前出・石塚氏)

 KYブーム以降も、巷には「コミュ力」「コミュ障」といった言葉があふれ、さらにはSNSがインフラ化するなど、世のコミュニケーション重視の流れは止まらない。それに伴い、発達障害への関心はこれからも、ますます強まっていくに違いない。その過程で、現在見えてきている課題がどのように解決されるのか、引き続き注目していきたい。

(文/辻本力・生活考察)

おかしいな? と思ったら……発達障害者への就職支援などを行う団体例

社会でコミュニケーションの齟齬や、働きづらさを感じた時に、窓口を儲けている団体をご紹介。

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■働き方支援なども
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)
http://www.jeed.or.jp
高齢者や障害者の雇用支援、求職者その他労働者の職業能力の開発及び向上のための業務等を行う。HPには、発達障害者の雇用管理のノウハウをコミック形式で紹介したマニュアルなども。

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■発達障害に特化した団体
発達障害の『生き方』研究所 Hライフラボ
http://self.hatenablog.com
30代でADHD・アスペルガー障害と判明した経験を持つ岩本友規氏(レノボ・ジャパン株式会社勤務)が代表を務める任意団体。発達障害で悩む社会人へのアドバイスを行う。

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