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第1特集
ラッパーたちが提起する愛国【1】

【HAIIRO DE ROSSI】が語るSNS時代の愛国ビーフ事情

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――尖閣諸島中国漁船衝突事件を機に勃発した、国内ヒップホップMC同士のビーフが注目を集めたのは、今から約3年半前。その当事者であるHAIIRO DE ROSSIから、当時の思いと、現在の思想を聞く。

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(写真/田附 勝)

 2010年に突如起きた「尖閣諸島中国漁船衝突事件」は現在の日本の世論を作る上で、大きな契機となった。それまで自国の領有権に関心が薄かった日本国民が、この事件をきっかけに改めて隣国との関係性を見つめ直すようになり、韓国との間でくすぶる竹島の領有権問題もメディアが大きくクローズアップするようになった。そして、韓国と中国の反日政策にも注目が集まり、騒動は瞬く間に加速。時同じくして、ネトウヨという言葉も頻繁にインターネット掲示板で見かけるように。

 おりしも国内ではK-POPムーブメントが最高潮を迎えていた時期でもあった。KARAや少女時代、2PMといった数多くのK-POPグループが次々と日本デビューを飾ると、音楽番組やテレビCM、バラエティ番組にも出演し、それ以前に爆発的に加熱した『美男ですね』を筆頭とした韓国ドラマの放送など、日韓間にうずまく諸問題は、文化交流によって解消できるかに思われていた。

 しかし、こうした動きにもネトウヨが過剰に反応し、「K-POPのゴリ押し乙」と疑問視する声や「在日によるメディアの乗っ取り」のような陰謀論まで噴出し始め、やがて国内の韓流ブームは下火になっていく。

 そんななか、件の「尖閣諸島中国漁船衝突事件」で1人のラッパーが世間から大きな注目を集めた。YouTubeに「WE'RE THE SAME ASIAN feat. TAKUMA THE GREAT」なる楽曲をアップしたHAIIRO DE ROSSIである。10年、11月下旬の話だ。

問題は人ではなく国と国
ただ望んでいるのは過去のしがらみを解くこと(※原文は中国語)

君の読んだ歴史の大半が
どちらの国も反対に書かれてる
国籍は世界

(「WE'RE THE SAME ASIAN」より一部抜粋)

 同曲は、直接的には「尖閣諸島中国漁船衝突事件」に端を発したものだが、タイトルにSAME ASIANとあるように、国内で沸き起こりつつあった“嫌韓・嫌中”“愛国心”の風潮に警鐘を鳴らす内容で、ヒップホップシーンの枠を超えて注目を集めた。その背景には、社会的なメッセージ性を持ったレベルミュージック(権力に抵抗する音楽)というヒップホップの性質が日本国内で再認識されたことと、短絡的に“仲良くしよう”という当たり障りのないメッセージに終始せず、客演のTAKUMA THE GREATが台湾と日本人のハーフというバックグラウンドを持ち、中国語でラップをすることで、日本・中国の両国に向けて発信されていたことにある。しかし、この曲に対し、「愛国者でラップをしています」をモットーに掲げるラッパー、show-k(ショック)がアンサーソングとなる「WE'RE THE SAME ASIAN~Real version」でビーフを仕掛けてきた(詳細は下記ボックス内)。

 この一連の話題はヤフートピックスにも掲載され、思想の右も左も巻き込んで議論を呼んだ。日本国内でヒップホップ・アーティスト(しかもインディーズ)が、政治的問題で一般的に話題となった稀有な事件といえるだろう。

 あれから約3年半――嫌韓・嫌中ムードは国内でさらに拡大し、相互で罵り合っている状況を、HAIIRO DE ROSSIが当時を振り返りながら、見つめる。

「あの当時は、国内の雰囲気に違和感がありました。反対意見が封殺されながら世論が一変していく怖さがあって、これが愛国心なのか、ちょっと待てよ、一回みんなで話し合おうよって。だから、“議論の場”を提供したくて、『WE'RE THE SAME ASIAN』を作ったんです。あの曲は僕の思想を主張したんじゃなくて、あくまで問題提起をしたかった。“中国”や“日本”といった国に対して言っているんじゃなくて、“中国人”と“日本人”に対してメッセージを投げている。叩かれるかもしれないし、同調してくれる人もいるかもしれない。どっちが正しいかなんてわからないけど、議論をすることによって、もっと違う考えが生まれると思ったんです」

 愛国的な雰囲気が大勢を占める中で発表された「WE'RE THE SAME ASIAN」だったが、彼の意図とは反し、ネット上では“売国奴”や“ラッパー風情が何を言っている”という強烈なバッシングを多く受けることとなった。

「僕の両親は教師だったんです。母親は養護学級の教員で、父親がフランス語の教師。そのことは僕が当時通っていた小学校の先生も知っているから、運動会とかになると養護学級の子と一緒に走ったりしていたんです。これは僕にとっては“普通”のこと。でも、友だちの親からは『えらいね』って褒められるんです。僕には何が偉いのか全然わからなかった。人と人に違うところがあるのは、当たり前じゃないですか」

 幼少期から“人は人”の意識を違和感なく持ち、どんな個性であってもフラットに付き合ってきたというHAIIRO DE ROSSI。歌詞にある「世界は国籍」は、彼の考え方を象徴するラインだ。

「中国や韓国に嫌悪を示している日本人は、日本にも嫌なところがあるのに、それを見ようとしていない。中国人や韓国人にも良いヤツがいれば、悪いヤツもいるのは当たり前で、それは日本人だって同じ。日本にだって嫌なところがたくさんあるから、人のことを悪く言う前に、まず自分たちを見つめてみようって」

 彼が覚えた違和感は、「国籍が違うだけで仲良くできないのか?」「なぜ人を国の単位で捉えるのか」という単純明快でピュアなものだが、実現となるとが難しいものだ。楽観的な理想論と、読者は笑うだろうか? 事実、彼は前述のビーフでもshow-kから「現実見ない戯れ言」とディスられているが、「理想論で何が悪い? 理想を語れないMCは肉だ」と、さらなるアンサーで強烈にやり返している。

「決して実現不可能なものではないと思う。友だちに良いところがあったら褒めるし、悪いところがあったら注意する。すごく基本的で健全な人間関係が、国籍が違うだけでできないってのはおかしいし、その可能性はゼロじゃない。でも、お互いに嫌なところばかり言い合っていたら、その可能性もゼロになる。

 3年前は、“問題提起”をすることが僕の度量からいって、最良の方法であり、限界でもありました。けれど、今ならその“答えを言い切る”ことができる」

 HAIIRO DE ROSSIが“答え”を見つけるまでの道のりは平坦ではなく、12年に突如うつ病とパニック障害に襲われ、2年間の活動休止を余儀なくされた。しかしその結果、獲得したのが人間としての強度であり、3年前に自身が日本国民に対し問題提起した「このままでいいのか?」の答えだった。彼は3年前に自ら出した疑問を、現在制作中である彼のアルバムでのShing02との共作曲「風たち」で解いている。

出身はどこ? 一生地球
国籍はどこ? 一生世界
国は狭い、でも星はデカイ
〈中略〉
アジアン、アメリカユーロ
アフリカUK南米ロシアアラビア
全て一つだ一つに繋がろう
〈中略〉
この地球上に悪人は果たして
何人いるだろうか
この地球上に善人は果たして
何人いるだろうか
俺は良い方を信じたい

(「風たち」より抜粋。現状のリリックのため、発売時には変更の場合があります)

「“嫌”という感情は、相手だけにではなく自分にも向けてみないと、“嫌”の本質はわからない。ジョン・レジェンドというR&Bアーティストが母校でスピーチした内容に『愛することが重要だ。愛の対極にある言葉は憎しみではなくて、“恐れ”だ』ってあるんですが、誰にだって嫌なところはある。日本にだってある。それを見つけることを恐れないでほしいんです。それを見ないと日本の良いところも見えてこないし、本当の意味で中国・韓国の嫌なところは見えない。世界中の国と比較して、それでも日本が好きだって言えるなら、それは愛国心だと思います」

 いきなり日本という枠組みから脱して、地球人だという意識を持つことは難しい。だが、相手を見るときに色眼鏡を外して、国籍や肌の色で判断しないことはできるはずだ。相手の嫌なところを見つけたら、それを非難せず、まず自分にもそういったところがないかを探すことは誰にだってできる。実際に外国人に会ったとき、その国籍だけで嫌悪の感情は抱くだろうか? 互いに会話を交わし、時間を共有することで、好き嫌いの相性がわかるはずだが、昨今の嫌韓・嫌中はそれが逆になっている。

 国という単位で見ずに、人という尺度で接することが、HAIIRO DE ROSSIというアーティスト、そして“人”の考えなのだ。

(取材・文/中野パンネロ)

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HAIIRO DE ROSSI(ハイイロ・デ・ロッシ)
1986年、神奈川県生まれ。ヒップホップ・アーティスト。自身のレーベル「forte」を主宰する。パニック障害とうつ病のため、しばらく活動を休止していたが、5月下旬に般若をフィーチャーした久方ぶりとなるシングル「Ready To Die」がリリースされたばかり。


なにそれおいしいの?
そもそもビーフとは何ぞや?

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 簡潔にいえば、「ケンカ」や「諍い」の意味を持つ言葉だが、ヒップホップのMC同士が無駄な血を流すことなく、マイクパフォーマンスで“諍い”の優劣をつける「バトル」や「論争」を指す(※写真左上:ザ・ノトーリアス・B.I.G.。写真右上:2パック。彼らのビーフは血が流れた稀有な例)。必ずしも両者がバトルに発展するとは限らず(時に仲間や第三者が介入することもある)、バトルを仕掛けた側のみの場合でも、一般的にはビーフと呼ぶ。

 なお、エミネムが主演を務めた映画『8マイル』(2002年)などにおける「MCバトル」とは、ビーフのエンターテインメント性とゲーム性を重視した、ラッパー同士の勝負である。いずれにしても、聴衆のジャッジが勝敗を左右する。


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