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【premium限定連載】芸能評論家・二田一比古の芸能ゴシップ今昔物語

芸能取材で暴力団に邂逅――安西マリアとコワモテの“点と線”と古き良き芸能界

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――数々の芸能スクープをモノにしてきた芸能評論家・二田一比古が、芸能ゴシップの"今昔物語"を語り尽くす!

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『安西マリア写真集 Dear.M』(竹書房)

 2月15日、安西マリアさんが急性心筋梗塞で亡くなった。まだ60歳だった。

 10年ほど前のことだが、六本木のライブハウスで一緒に飲み、騒いだことを思い出す。安西さんはライブハウスで仕事をして深夜に必ず寄る仲間の店があった。その店にたまたま出入りしていたことから一緒に飲むようになったのだ。

 人懐こい笑顔で、いつも楽しい酒だった。時には大ヒット曲『涙の太陽』を歌ってくれることもあった。すでに中年の域を超えていた頃だが、プロポーションも衰えることなく、相変わらずセクシー。かつてグラビア界を席巻した小麦色の肌に真っ白なビキニ姿を思い出し、お約束でもある「昔はグラビアで男はみんなお世話になりましたよ」と言うと、「そう言われると嬉しい」と無邪気に笑っていた。

 セクシー系のアイドル歌手として異色の存在だった安西さんは、深夜番組のカバーガールを担当することもあった。今ではヘアーヌードにアダルトビデオのある時代だが、当時は深夜のカバーガールや「平凡パンチ」(マガジンハウス)や「週刊プレイボーイ」(集英社)の水着や下着のグラビアが男たちの夜のオカズだった。なかでも安西さんは「オナペット」と呼ばれるほど人気があった一人だった。

 アイドルとは作られた虚像。安西さんも近寄りがたい雰囲気を出し、「生意気そうな」感じだった。作られたものはもろい一面も持つ。突然、虚像という仮面が剥がされた。78年、失踪事件を起こしたのだ。

 当時の担当マネージャーと(かなりのイケメンだったと記憶する)所属事務所を飛び出し、失踪したのだった。その裏には事務所社長からの暴行、脅迫を受けていたという事実も判明したが、マネージャーと恋仲になり「恋の逃避行」とも言われた。

 アイドルの世紀のスキャンダルにマスコミは騒然となった。無論筆者もこれに参加、まず逃げられた事務所社長を取材した。実は、その社長は「元暴力団の幹部」というのが業界内に知れ渡っていた人物。怖々、六本木にあった事務所を訪ねることにした。

「大丈夫。芸能取材で殺された人はいないから」という先輩の言葉に後押しされ、一対一の対面取材。噂通り、頑強な体に鋭い眼光は「ただ者ではない」という威圧感があり、相手の言い分だけを素直に聞いていたと思う。当時の芸能界では珍しいことではないと、芸能プロ関係者がこう話す。

「近年も、芸能界と暴力団の繋がりは指摘されますが、昔の芸能界は暴力団のフロント企業と言われたこともあったほど、コワモテが経営に携わっていた」

 社長と安西さんはやがて刑事事件に発展。裁判沙汰になった。当然、安西さんも出廷となりマスコミは騒然となった。失踪したままの安西さんが出廷する日。マスコミは裁判よりも、「失踪したままの安西さんが今、どこでどんな暮らしをしているか」に注目が集まった。

 閉廷後、安西さんを載せた車と追いかけるマスコミのカーチェイスが展開された。逃げる安西さんの車に対し追いかけるマスコミの車は十台以上になっていた。追いかける側はみんなライバル。安西さんの真後ろに付けるのが有利。著者の車は出遅れ、後続5台目くらいになった。

 一番前のポールポジションに付けたのは、突撃レポーターの故・梨元勝氏だった。引き離そうとする車とそれを追いかける車の壮絶なバトルは、映画のワンシーンのようだった。多少の信号無視は当たり前。必死に食らいつくが、しょせん追う車は不利。

「後を付けられていることがわかったら、巻くチャンスは大きな交差点。交差点近くになったらスピードを加減して、信号が黄色になるのを待つ。黄色から赤に変わる直前に猛スピードで交差点を突っ切る。後続の車は確実に赤で止まるしかなくなる」(芸能関係者)

 安西さんの車は交差点ではなく踏切だった。

 遮断機の警報が鳴り出した瞬間にスピードを上げて踏切を突破。「巻かれてなるものか」と梨元氏の車も踏切に突っ込んだ瞬間、遮断機が下りた。梨元氏の車は踏切の真ん中で立ち往生。後続のマスコミの人たちが遮断機を持ち上げ、間一髪で梨元氏の車を踏切の外に出して、事なきを得たのだが、当然、安西さんの車は見失った。安西・マスコミの壮絶なバトルを安西さんに話すと、「そんなこともあったわね」とお互いに笑い飛ばしたものだった。

 その後、安西さんはマネージャーと結婚。長男を出産。ハワイに拠点を移し、しばらく芸能界とは無縁の生活を送っていた。その結婚生活もわずか三年で破綻。日本に戻り認知症の母親の面倒を見ながらライブなどで働いていたが、苦労など微塵も見せず、いつも明るい太陽のような人だった。合掌。

ふただ・かずひこ
芸能ジャーナリスト。テレビなどでコメンテーターとして活躍するかたわら、安室奈美恵の母顔が娘・奈美恵の生い立ちを綴った「約束」(扶桑社刊)、赤塚不二夫氏の単行本の出版プロデュースなども手がける。青山学院大学法学部卒業後、男性週刊誌を経て、女性誌「微笑」(祥伝社/廃刊)、写真誌「Emma」(文藝春秋/廃刊)の専属スタッフを経て、フリーとして独立。週刊誌やスポーツ新聞などで幅広く活躍する。現在は『おはようコールABC』(朝日放送)、『今日感テレビ』(RKB毎日放送)などにコメンテーターとして出演。


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