サイゾーpremium  > 特集2  > 【整形手術】は神への冒涜か――その倫理観

――芸能人の告白や疑惑、大手美容外科の宣伝を通して、我々の日常でもその存在を認識する機会が増えてきた"美容整形"。それを「外見を改良し、美しくする手術」ととらえる向きもいるだろうが、その裏側には、生命倫理や人種差別に関わる問題などもはらんでいる。本特集では、「なぜ芸能人の美容整形が"叩かれる"のか」「美を追求するために、親から授かった身体にメスを入れることは罪なのか」ということを根底に、美容整形を倫理的にとらえ、整形大国韓国の実情、芸能プロ関係者の本音を浮き彫りにしたい。

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バラエティ番組で整形を告白した森下悠里。

 少しでも顔が変わった芸能人は"整形か!? "とネットで騒がれる昨今。こうした“疑惑”が囁かれる芸能人は沈黙を貫くことがほとんどだが、一方で、「メスを使わない手術はしたことがある」(グラビアアイドル・森下悠里)、「(鼻を指さして)イジりました」(モデル・小森純)など、ごく一部、その事実を認める発言をする芸能人もいるにはいる。また、新旧問わずメディアでは、大手美容外科の広告が増加。いつからか「プチ整形」という言葉が社会に広まり、美容整形は一般の人にも身近な話題となりつつある。

 しかし、今現在も「芸能人と整形」をはじめとした美容整形の話題は、基本的にタブー視されることが多い。また、美容整形という文化の背後には、カネと権力といった芸能界ではおなじみの話題のほか、一般には報じられない業界団体の対立や、生命倫理、人種差別に関わる問題までもが横たわっているのだ。

 まず本稿では、美容整形の歴史を遡りながら、それらの問題について考察してみよう。

 美容整形の起源については諸説あるが、『美容整形と〈普通のわたし〉』(青弓社)の著者であり、松蔭大学の川添裕子教授によると、「外見への医療的介入は、紀元前1500年前のインドではすでに行われていた」という。

「その頃のインドでは、切断された鼻を再建する手術が行われていたようです。その背景として、鼻をそぎ落とす刑罰の存在が指摘されています。このインド式の造鼻術は、形を変えながら現代に伝わっていると考えられています」(川添氏)

 なおその刑罰は、姦通の罪を犯した女性などを対象に行われていた。アメリカ美容整形ビジネスの光と影を追った書籍『ビューティ・ジャンキー』(アレックス・クチンスキー著・バジリコ)でも「顔を傷つけるのは明らかに社会による拷問だ。罪人に、ひと目見ただけでその人の罪がわかるような顔で生涯を送らせたのである」(同書P92)との言及がある。

 そして美容整形という概念が明確になったのは15~16世紀のヨーロッパで、鼻の再建手術などが行われていたが、その当時のヨーロッパでは、不完全な鼻は特別な意味を持っていた。先の『ビューティ・ジャンキー』によると、欠損した鼻や病気などで変形した鼻は、売春婦や敗者の印であるとされ、当時の戦中、戦死した兵士は死してなお、鼻を切り落とされ屈辱を与えられたという。また、「鼻柱が陥没した鞍鼻といわれる鼻は、梅毒によって軟骨が侵された結果であり、こういう鼻は不健康で堕落した、社会の嫌われ者という立場にあることを示していた」(同書P93~94)のだ。

 逆にいえば、整形で鼻の再建手術を行うことは、その人の社会性を取り戻す意味合いもあった整形手術は、その歴史の始まりから社会的に再認知されるという行為でもあったのだ。

形成外科を進化させた戦争による倫理観の変貌

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 一方で、倫理的な側面からは、そのような手術への風当たりは当時より強かった。

「中世ヨーロッパキリスト教社会では、再建手術であっても、"神の業への干渉"とみなされました。また当時、外科的処置は理髪師らによっても行われていて、外科全般の社会的な地位が低かったという面もあります。さらに麻酔や無菌手術が不十分だったので、整形に限らず手術自体が生きるか死ぬかという究極の選択でした」(川添氏)

 現在の日本でいわれるところの整形に対する倫理観と同義に思えるが、その後、麻酔術や消毒法などの技術が発達。さらにキリスト社会が世俗化する中で、身体観も変化する。

「近代ヨーロッパ社会では、人の身体は『わたしが持っているもの』であり、『自然は科学によってコントロールできる』『身体は〈個人〉の思い通りになる』という考え方が生まれます。身体への医療的介入も神への冒涜とは考えられなくなり、現代的な美容整形を受け入れる土壌が出来上がったわけです。そして19世紀後半のドイツでは、鼻の美容整形も行われています」(川添氏)

 しかし、形成外科の技術を美容へと転用しようとする医師への風当たりは強かった。

「患者をより美しくするため、あるいは老化をなんとかしてごまかすために医学という立派な専門的職業を利用するという考えは、見栄や虚飾を認めないピューリタン的道徳と真っ向から対立した」(『ビューティ・ジャンキー』P97)というのが当時の実情だったようだ。

 そんな状況を変化させ、また形成外科の技術を急速に発展させるきっかけになったのは戦争だった。

「第一次大戦、第二次世界大戦などの近代戦では、兵士が被る顔の損傷も凄まじいものになり、その数も膨大になりました。そのような負傷兵たちの治療が求められた戦争は、皮肉にも形成外科医たちの実践トレーニングの場にもなっていたのです。従軍医師がさまざまな症例に当たる中で、外見の治療の技術は大きく発展し、のちの美容整形に役立てられていきました」(川添氏)

 この影響もあったのか、第二次大戦後の1950年代中頃、広島で原爆によるやけどを負った被爆者が再建外科治療のためにアメリカに運ばれた際には、それまで欧米諸国で取り沙汰された「整形手術はモラルに反する」という主張が問題にされなかったという。

「訪米したのは全員女性で、『ヒロシマの乙女』と呼ばれた。彼女たちは皆若く(19~24歳)、やけどの痕は見るに無残であったため、全米の注目を浴びた。何度かの手術を経て大衆の前に現れた彼女たちは驚くほど美しくなっており、それをきっかけに美容外科が持つ素晴らしい復元力に関する議論が噴出した」(『ビューティ・ジャンキー』P107)

 ここまで駆け足で美容整形の歴史を見てきたが、美容整形の技術は「美貌」を目指して生まれたのではなく、再建手術という「修復」を目的に発展してきたものだった。それが美貌を目指すものとして正当化されたのは、アドラー心理学の影響が大きいと川添氏は話す。

「美容整形に大きな影響を及ぼしたのは、アルフレッド・アドラーの『劣等コンプレックス』の概念です。アドラーは、劣等感は人間なら皆あるとして、『優越に向かう努力を刺激するものとして役立つ』と考えました。歴史学者のエリザベス・ハイケンは『プラスチック・ビューティー』(平凡社)の中で、1920年代から30年代にかけて心理学が流行するようになったアメリカで、アドラーの心理学、特に劣等感が一般の人々の心を掴んだことを指摘しています。そしてコンプレックスは『解消すべきもの』として浸透していきました」(川添氏)

 こうした経緯を踏まえ、美容整形は倫理的に正当なものと認識されやすくなり、手術を希望する人も実際に増えていったという。

「それまでは無視されてきた『外見』の要素が医学に取り入れられ、外見の手術は『メスによる精神分析』と語られるようになりました。美容整形を受け、コンプレックスを払拭することで心の状態が回復する、患者の福利に寄与できる……ということです」(川添氏)

 このように、身体のみならず心の問題にも関わるのが、医療における美容整形の特異さだ。医療ジャーナリストの大竹奉一氏は、「美容整形が一般医療以上にクレームが多くなる理由のひとつも、そこにある」と話す。

「一般医療は、病気や痛みに苦しむ人を健康な状態にすることが目標。つまり、マイナスからゼロの状態を目指すのが治療のプロセスです。一方で美容整形を希望する人は、身体の状態としては病気ではなく痛みもない。それでも鼻を高くしたり、二重まぶたにしたりと、希望に応じて手術をするわけで、それは『ゼロからプラスへ』のプロセスなわけです。そして、そのプラス度を判断するのは患者の主観のため、手術自体が成功しても患者が満足しない場合があり、クレームへと発展するんです」(大竹氏)

 また、『ゼロからプラスへ』というプロセスとはやや異なるパターンもあり、コンプレックスを理由に美容整形を希望する人は、必ずしも「美人になる」ことが目標とは限らない。川添氏が2000年前後に大学病院で調査を行った際には、美容整形の目的は「『キレイに』というより『普通に』という人が意外に多かった」という。

「『自分の顔や体は普通じゃない』という意識は、周囲の人に指摘されるといった経験から生まれることもかなりあります。言われた人は鏡や写真で"確認"するわけですが、実際には人は自分の顔や体の全体を見ることはできません。自分の身体とは、具体的な肉体であると同時に、断片的なイメージを想像力でつなぎ合わせたものでもあるのです」(川添氏)

 だからこそ、手術後に一度は自分で満足をしても、他人から受けた言葉をきっかけに、「『この前の手術は失敗だった。元に戻してほしい』と医師にクレームをつけ始める人もいる」と大竹氏。

「もともと主体性がなく、人の言辞に左右される性格の人などは、冗談半分で『前のほうが良かったよ』などと言われただけで、それを真に受けてしまう」(大竹氏)ということなのだろう。

コンプレックスと結びつき 美容整形は一大産業に

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「NAVERまとめ」などでは、芸能人の過去の写真と現在の写真を比較する"検証まとめ"が多い。

 さて前述した通り、「コンプレックス」は美容整形医療を正当化する上で重要な概念だが、それは一方で社会的成功とも結びつけられるようにもなった。

「コンプレックスがあると積極的に自己宣伝や売り込みができず、経済状態の悪化や精神的不安定をもたらす……など、ビジネスや社会的成功とコンプレックスを結びつける考えも生まれました。そして美容整形は、『競争社会で成功するためのひとつの手段』になったのです」(川添氏)

 こうした考え方は、生き馬の目を抜く芸能界において、成功を勝ち取るためにメスを入れるタレントにも当てはまるのだろう。

 だが一方で、近年は特にコンプレックスを持つわけでもないのに、美容整形を希望する人々も注目されている。『美容整形と化粧の社会学』(谷本奈穂著・新曜社)によると、外見を褒められない人は「人に笑われないため」に身体を加工する傾向があるのに対し、もともと外見を褒められる人は「同性から注目されたいから」「人に好かれるため」「自己満足のため」(そして「流行に乗り遅れないため」「さらに異性にモテたいから」)、身体を変える傾向があるという。これもまた、我々が芸能人の整形に対して持つイメージに近いものだろう。

 なお同書では、美容整形をテーマにした雑誌記事が1980~90年代に急増したことも指摘されている。そうした記事には、「身体に科学や医療の力を借りて手を加えることが(少なくともマスメディア上では)当然のこととして扱われるようになった」、「美貌とは身体全体のつくりだけではなく、目やくちびるのようなパーツからも評価されるようになった」、「美貌とはあこがれの存在ではなく、自らの努力で作り出すことができる」という3つの特徴が挙げられるという。プチ整形の流行なども、メディアの影響がやはり大きいことが、この分析からは見て取れる。川添氏もまた、美容整形の流行におけるメディアの影響、特にインターネットの影響力を強調する。

「90年代後半頃までは、美容整形の情報源といえば、週刊誌や雑誌の広告と記事、テレビのワイドショー、外科医の著作などでした。しかし90年代末以降はインターネットがアクセスが容易な情報を大量に提供するようになりました。ウェブ広告や関連サイトで『美容整形は簡単にできる』というイメージが広まったことは確実でしょう。女性では『毎日の化粧の手間が省けるから』、男性でも『身だしなみを整えるためにプチ整形を』という人も最近は出てきています」(川添氏)

 日本国内の美容整形件数については、全国的な統計は存在しないが、ISAPS(国際美容形成外科学会)が発表した調査結果によると、2011年の日本の美容整形件数は世界4位。人口1000人あたりの数値となると、「整形大国」と言われる韓国がトップに躍り出るが、純粋な件数で見ると日本が韓国を上回っているという実態があるわけだ。(国別美容整形件数(2011年)を参照)

 なお、この数値は「形成外科医による手術件数」のため、実際の美容整形件数はさらに多くなると考えられる。大雑把にいえば、形成外科は「病気やケガによる外見の修復=保健医療」で国民健康保険が適応されるが、美容外科は「美容目的=保険外診療」となり適応外となる。だが、両者に明確な線引ができるわけではなく、また、日本で美容整形に携わる医師は形成外科医だけではないという実情もあるという(『美容整形と〈普通のわたし〉』P22~24)。

アンチエイジングと美魔女ブームを後押しする美意識

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美容外科に従事する医師数(重複計上/複数回答)出典:「診療科目〈複数回答〉別にみた医師数」から抜粋↑画像をクリックすると拡大します。

 このように認知が広まった美容整形だが、大手美容外科が店舗数を増やし、派手な宣伝活動を行っているのは周知の通り。もちろん、そこでは問題も起こり始めている。

「日本の医療は自由標榜制のため、医師免許を取得して1~2年の基礎研修を受ければ、どのような診療科目でも医院や病院の看板に出すことができる。医学部や基礎研修で一度もメスを握ったことのない医師でも、『美容外科』の看板をかけて、治療をしても問題ないわけです。また、同様にメスを握ったことのない医師が大手美容外科に就職し、1週間ほどの研修で治療に当たるケースも存在し、技量不足が原因と思われるトラブルも実際に起きています。患者に考える時間を与えずに手術の決断を迫り、回転率を重視して1日に十数人も手術を行うような美容外科は、やはり危険が伴うと見ていいでしょう」(大竹氏)

 そのような実態がさほど報じられないのは、日本の美容整形業界特有の事情もある。実は日本には「日本美容外科学会」という同名の組織が2つ存在し、現在も対立しているというのだ。

「一方は形成外科で研修を受けて、形成外科・美容外科に取り組んでいる美容外科医の団体で、もう一方は日本で形成外科が確立する以前から美容外科をしていた開業医を中心にした団体です。協会が2つに分裂しているため、厚生労働省も統一的な指導や実態把握が行えず、読売、朝日、毎日、産経などの全国紙は、『どちらかに肩入れをするわけにもいかない』と美容外科に関する報道を自主規制しているといいます。扱うのは家庭欄で『プチ整形が流行』といった程度の話題か、死亡者が出る医療事故、事件の時だけ。踏み込んだ報道は行えないのです」(大竹氏)

 また雑誌メディアでも、美容整形のネガティブな話題はさほど多くない。

「女性誌は『美容整形の広告がなければ雑誌が潰れる』といわれたほど、美容外科の広告に依存している時期がありました。当然、批判は行えません。また女性誌を持つ大手出版社も、男性誌で美容整形を叩くような記事は扱いにくい面はあるでしょう。私の記憶では、大手の雑誌では、『週刊文春』(文藝春秋)が15年ほど前に熱心な特集を行ったことがありましたが、それ以降は目立った記事はありません」(大竹氏)

 こうした中、現在では幅広い年齢層に美容整形が普及しているという。

「『アンチエイジング』や『美魔女』のブームにより、中高年層で美容整形を受ける人も増えています。プチ整形はもともと定期的な施術が前提ですし、一度手術を受けることで抵抗がなくなってリピーターとなる人もいます。クリニックの中にはポイントカードを導入しているところもありますね」(川添氏)

 人々の美を目指す貪欲さは、今も高まり続けている。『ビューティ・ジャンキー』の中には、「お抱え外科医に治療させるべき欠点がないか精査するために、写真家に毎年自分のヌードを撮らせている元ミスコン女王」「脂肪吸引、腹部整形、眉毛リフト、二度のフェイスリフト、目の整形(上瞼、下瞼)、豊胸手術を経て、陰唇整形(女性の外性器の形を整える手術)まで行ったロサンゼルスの主婦」といった人々が紹介されている。

 かつては虐げられた人々が、社会的再認知を得ることを目的とされた美容整形だが、時代が変わり、そのニーズも変貌を遂げた。そして、「人に愛され、称賛される容貌を手に入れたい」という欲求を持つことは、言わずもがな、芸能人だけではなく一般人の願望でもあるのだ。

(取材・文/古澤誠一郎)

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