──前章までは、自己啓発本が人気となった背景やその楽しみ方を見てきた。それでは、実際に自己啓発本を手がける編集者は、どのような点に気を使って制作を行っているのか? 自己啓発本の現状とともに大いに語ってもらった。
[座談会参加者]
A…30代。ビジネス書が専門の中規模出版社に勤務。
B…40代。中規模の総合出版社に勤務経験あり。現在、フリー。
C…30代。ビジネス書を中心とした小規模出版社に勤務。
──今回は、自己啓発本の編集者の皆様に、作り方と現状といったお話を伺っていければと思います。
『ズルい仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
A 僕は自己啓発本だけでなく、ビジネス書の分野を担当しています。まずビジネス書と自己啓発本は、境界線が曖昧。経営理論やマーケティング手法がテーマのものはともかく、ビジネス書といっても内容的には成功法則について書いているものも多い。
B ビジネス書と呼ばれるものの多くが、自己啓発本だったりするよね。ビジネス書の1ジャンルが「自己啓発」といっていい。だから、自己啓発本の編集者は、ビジネス書全般を担当するのがほとんどだと思う。
A 僕の場合、自己啓発本、ビジネス書合わせて年間10冊から20冊くらい制作してたかな。制作期間はケースバイケースだけど、長いときで半年、短いときは企画から刊行まで1カ月で1冊作るなんてこともあった。
B 出版社によっては、編集者ひとりで月に4~5冊出すなんてところもあるみたい。
A 自己啓発本は、著者に2~3時間程度話を聞いて、それをまとめて一冊にすることも多い。そうやってゴーストライターに書かせるのすら厳しいスケジュールでも、編集者が書くという手もある。
C 僕も何冊か自分で丸ごと書きました。中身はみんな同じようなもんだから、ちょっと慣れていれば誰でも書けるよね。
A 自己啓発本の王道は成功法則だけど、そういうのって基本的に真新しいノウハウなんてないからね。自己啓発本には、「タイムマネジメント」と「とにかく行動しろ」ってことが書いてあるだけ。
B 心理学系の本も多いけど、「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」とか散々使い古された交渉テクニックや理論を、書き方を変えて出してるにすぎない。ちょっと古いけどアスペクトの『「心理戦」で絶対に負けない本』【1】なんかは、うまいタイトルを付けて売れたけど、別に新しいことが書いてあるわけじゃないんだよね。
A あと『ディズニー そうじの神様が教えてくれたこと』【2】みたいな「成功体験系」も定番ジャンル。まぁ、自己啓発本は『頭の働きが「最高によくなる」本』【3】とかの「脳科学系」や「時間管理」、「思考法」といった、定番ジャンルの本しかないけどね。
──内容が同じなら、売れる本と売れない本の違いって、どこにあるんですか?
A 自己啓発本のキモは、とにかく著者。著者の肩書や経歴が重要で、そこでキャラが立たないとダメ。著者のキャラに合わせて、「話し方」の本にするか、「経営の本」にするかというのを決めるだけ。
B 売れた人は、本来の専門分野と全然関係なさそうな本も書いたりするけどね。
A 勝間和代なんかすごいよね。もともとは会計士って肩書で硬めのテーマを扱ってたのに、最終的に『結局、女はキレイが勝ち。』【4】なんて本まで出して。著者が消費財として使われちゃった典型例だよね。ただ、あそこまでいけば、さすがだよ。
C 中谷彰宏なんかは、もうなんの人なのかわからないけど、いまだに大量に新刊が出てる。『セクシーな時間術』【5】で900冊目の著書かな。
──それだけ著書が出るってことは、やっぱり売れるんですか?
C いや、売れないよ(笑)。でも、中谷とかは編集者との付き合いがうまいから、本は出る。自分のファンみたいな編集者を囲ってるんだよ。本は印刷した部数の印税が入るから、著者にとっては売れようが売れまいが、お金にはなる。出版社は出版社で、本が売れないからその分多く本を出して、自転車操業的に稼がないといけない。そうすると自然とネタ不足になるから、部数が出る実績のある著者に飛びつきやすい。
B だから、中身なんて全然気にしないで、完全にギャラ次第って著者もいるよ。内容は今までの著書の再構成だったり、ネタ帳から刊行する本のテーマに合う原稿を選ぶだけだったり。あとは、いいタイトルを付けたもん勝ち。
A 自己啓発本は、99%がタイトルと帯で決まるからね。あと、前書き。読者が店頭で読むところだし、前書きできちんと読者を説得できれば、あとの内容は補足みたいなもん。だから、僕は前書きはほとんど自分で書いてた。
C 差が出るのはその辺だよね。だから、タイトルを決めるときは社内会議でもめる。営業が「このタイトルじゃ売れない」とか、うるさいんだよ。営業どころか、書店に意見聞いて回ってるところもあるんでしょ?あと、本の流通業者である取次に相談するところもあるよ。
A 「タイトルをみんなで決める」なんて、絶対やっちゃダメ。営業だの書店だのがいいっていうものなんて売れるわけない。
B 最近『声に出して読みたい日本語』がヒットした草思社は昔、名物営業部長がいて、その人がタイトルを決めてヒット作を作ってたっていうから、全部が全部ダメなわけじゃないだろうけどね。でも、こういう構造は配本数を決める取次にも責任がある。面白い本作っても著者の過去の作品が売れてないと、全然取ってくれない。取次が取ってくれなければ、そもそも書店に並ばない。だから、取次にお伺いを立てながら本を作るようになる。でも、取次なんて本作りに関してはド素人だよ? ダメに決まってる。
A 出版社によっては取次に近くて、実績のある著者じゃないと本の企画から通らないっていう。
C ハナから二匹目のドジョウ狙いの出版社もあって、過去のベストセラーがある著者を連れてきて、似たようなテーマで書かせるなんてよくあることだしね。
──“売り方”というと、広告で「○○書店売り上げ第1位」といった売り文句もよく見かけます。書店での数字が、売れ行きにかかわってくる部分もありそうですが。
A 確かに、ランキングの数字を広告に使うことはあるね。内容が同じだから、ランキング上位の売れてる本がさらに売れることになる。それで、出版社が特定の書店で自社の本を買って売り上げランキングに入れる、いわゆる自社買いもよく聞くけど。
B 自己啓発本やビジネス書は、ビジネスマンが出張の時に読むことも多いから、羽田空港へ向かうターミナルになる浜松町の文教堂書店とかすごく強かったりして、宣伝文句にもよく出てくるね。
A 今は、新聞広告自体が全然効果なかったりするんだけどね。自己啓発本は、日経新聞以外出しても意味がない。最近は、電車の車内広告で自己啓発本の広告をよく見るけど、車内広告枠の広告費はすごく高い。JRとか首都圏の正価だと2000万円くらいする。昔は大手企業しか手を出せない枠だったけど、どこも不況で広告費がかけられないから、売れ残ることも多くなってる。そうすると安くしてでも広告主を探さなきゃいけないから、中小の出版社でも広告を出せるようになった。とはいえ、それでも高いよね。しかも、昔は電車広告を出せば沿線の書店で大々的に展開とか期待できたけど、最近は目新しくもなくなったから、それも期待できない。
C タイトル、帯、表紙をしっかりやって、広告を打つ。そこから売れるかどうかは最終的に運だったりもするしね。
自己啓発本はもはや商品でなくマーケティングツール!?
──とはいえ、出版不況の中、何万部も売れる本が定期的に出て、手がける出版社も多い自己啓発本は、やっぱりビジネスとしてはおいしいんじゃないですか?
B 固定客は確実にいる。ただ、その中でのシェアの奪い合いみたいなもの。
A いわゆるレッドオーシャンだね。気合を入れれば5万部くらい売れる本ができたりするし、風が吹けば何十万部ってヒットも出るから、悪くはないと思うけど、最近はどこも苦しい。今はスターもいないし。
C 元気なのってサンマーク出版くらい?今だと『人生がときめく片づけの魔法』【6】が120万部超かな。
B とにかくたくさん本を出して稼ぐ出版社が多い中で、サンマークは無駄打ちしないよね。1万部売れた本を、3万部、10万部と伸ばすように、営業戦略的にうまく売ってる。最近だとすばる舎も頑張ってるかな。『チームで最高の結果を出すマネジャーの習慣』【7】とか、タイトル付けの妙で重版する作品を連発してる。
A 『99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ』とかを出してるディスカヴァー・トゥエンティワンも勝ち組かな。でも、うまくやってる版元は例外で、全体的には苦しい構造だよ。本が売れないのに、売り上げを上げるために本を量産しないといけないって矛盾した状況。
だから、最近は「出版プロデューサー」みたいな肩書の連中が商売やってるでしょ? 本はたくさん出さないといけないけど、編集者もそんなに企画を多く出せないから慢性的にネタ不足。一方で、本を出したい人たちはたくさんいる。それで、詐欺師みたいなのが、両者をマッチングさせるだけで商売してる。出版社はもちろん、著者からも何百万円も取ってね。
B 有名な著者が、そういう会社に登録してることもある。ただ、いい加減なところもあるよ。前にそういうプロデュース会社から「この著者の本を出しませんか?」って原稿の売り込みに来た人がいたけど、話を聞くと、そのプロデューサーは売り込んでる原稿の中身読んでないの(苦笑)。
C こういう状況って、2000年前後に『あなたの会社が90日で儲かる! 感情マーケティングでお客をつかむ』【8】とかでブレイクした神田昌典の登場が大きかったと思う。一般的な認知度は低いけど、彼の登場は経営者やコンサルタントといった、その後の自己啓発本の著者に影響を与えてる。今の自己啓発本、ビジネス書のスタイルを確立した人で、要するに「俺も著者になれるかも」ってみんなに思わせたんだよね。勝間和代も、彼のことを「お師匠さん」と書いていて、よく研究してるよ。
A だけど、本業でトップクラスの業績残せてないやつが本書いたって、売れるわけないじゃん。しかも、「プロデューサー」とか名乗ってる連中は、ただ編集者に知り合いがいるから本を出せるだけで、実際に本なんか作ったこともなかったりする。見通しは暗いと思うよ。
C 著者にしても、労力をかけて本を作っても、初版数千部なんてザラでしょ? 1冊20万円程度の印税にしかならない。お金を出してでも本を出したがる人がいるのが不思議に思えるかもしれないけど、もう著者にとっては本なんて自分を売り出すためのマーケティングツールにすぎないんだよ。
A だから、ディスカヴァー・トゥエンティワンなんかも書籍だけじゃなくて、自己啓発本の著者のセミナーやイベントをやってる。本は著者のPRツールとして赤字にならない程度に売って、そこで作ったファンを集めてセミナーとかで儲けるわけ。これからは出版社も本だけじゃなく、別のところで稼ぐ方法を考えないとダメだろうね。
(構成/小林 聖)
内容は同じといわれようと……
サイゾー的に注目の自己啓発本レビュー座談会で挙がった名著の数々を、無礼を承知で、サイゾーらしくナナメに辛口レビューしてみた。
【1】『「心理戦」で絶対に負けない本』
伊東明、内藤誼人/アスペクト(09年)/600円
心理学的見地から「敵を見抜く・引き込む・操るテクニック」を解説する。どんな高度な心理テクニックが書いてあるかと思いきや、「フット・イン・ザ・ドア」や、絶滅寸前となっている詐欺の手口など、一般に浸透している手法を惜しみなく開陳。よくあるビジネスシーンの会話術などが掲載されているものの、どこが“心理戦で負けない”ポイントなのかは不明。【2】『ディズニー そうじの神様が教えてくれたこと』
鎌田 洋/ソフトバンククリエイティブ(11年)/1155円
東京ディズニーランドで長年清掃員としてパークを見守り続けた著者が、パーク内で本当に起きた(らしい)ファンタジック(らしい)な出来事を綴る。清掃員たちの視点で語られる心温まるエピソードは、いかにもな展開の連続。後半唐突に「夢は必ず叶う!」話になるのは、夢の国を舞台にした本ならではのご愛嬌。夢以外は何も入っていない一冊。【3】『頭の働きが「最高によくなる」本』
築山節/三笠書房(12年)/600円
脳神経外科医の著者が、脳の働きをよくする方法を綴った一冊。「記憶力が上がる」「集中力が持続する」といった効能を謳った本書だが、その処方箋は「結局ここに行きつくよね!」という「規則正しい生活」と「覚えたことを声に出して読む・書く」の二点。つまり、早寝早起きして、一日三食食べて、本書を音読すれば、OK。【4】『結局、女はキレイが勝ち。』
勝間和代/マガジンハウス(09年)/980円
美人の著者による、女性のための人生指南。自身が「政治家に政策提言を行った際、(中略)インナーは白いシャツで清潔感とフォーマル感を出し、ボトムスはスカートにしてみました」と女を武器にした(つもりの)エピソードや、「キレイにはやっぱりHも大事」といった興味深い内容が盛りだくさん。後半は一転して金の話になる。【5】『セクシーな時間術』
中谷彰宏/学研パブリッシング(12年)/1260円
啓発道の大家・中谷彰宏氏が手がける、セクシーシリーズ第3弾。書いてあるのは「行動が早い=セクシー。だから早く行動しようね」のみで、結局いつもの自己啓発ワードの連発に終始。途中「昔の阪神タイガースが弱かったのは、シーズン中に選手や監督が来年がんばるとか言ってたから」と、虎党がとばっちりを受ける場面も。【6】『人生がときめく片づけの魔法』
近藤麻理恵/サンマーク出版(10年)/1470円
新・片づけのカリスマことこんまり先生が、ときめく人生のためにとにかく捨てることを推奨。「手にとってときめくかで捨てるか判断する」といったスピリチュアルな手法の登場で、怪しい雲行きに。「なぜか三キロやせました」といった体験者からの嘘偽りない声が、その成果を物語る。【7】『チームで最高の結果を出すマネジャーの習慣』
小林一光/すばる舎(12年)/1470円
営業畑で世界的にも最高峰の実績を残した著者が、そのノウハウを伝授する。わかりやすい文体でさらりと求められる高度な人心掌握術は、啓発本を購入するようなボンクラビジネスマンには至難の業。実践すると心を病みそうなスーサイダル金言集。【8】『あなたの会社が90日で儲かる!』
神田昌典/フォレスト出版(99年)/1575円
99年に発刊されたベストセラーをなぜか10年後に再編集。広告代理店をこき下ろしながら“エモーショナル・マーケティング”の手法を取り入れた効果的なチラシやDMを、実物を交えて解説。当然、実例は99年当時のもので新鮮味を失っている。リーマンショックの荒波に揉まれたビジネスマンは、これを読んで何を思うか。(文/水島利通)