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宇野常寛の批評のブルーオーシャン 第26回

ノマド論争が喚起するもの

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──既得権益がはびこり、レッドオーシャンが広がる批評界よ、さようなら!ジェノサイズの後にひらける、新世界がここにある!

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『ノマドライフ』

「ノマド」という言葉が今、再び注目を浴びている。本来は遊牧民を意味するこの言葉は、かつてバブル経済の頃に(日本的)コミュニティにとらわれない思想・文化運動の担い手=自立した主体のひとつの理想形として、文学・批評シーンでキーワード化したことがある。

 そして20年の時間を経て、再びこの言葉が浮上してきた。インターネット普及以降のフリーランスのジャーナリスト、プランナーなど知的生産者のビジネススタイルを「ノマド」というキーワードで表現し、流行語化することでムーブメントを形成しようとする動きだ。僕が最初にこの文脈で「ノマド」という言葉を聞いたのは、収監前に堀江貴文さんに会った時なので、1年と少し前だと思う(彼は出所したら「ノマド」になると言っていた)。それから短い間にこの言葉は独り歩きし、特に今春以降はもはや「ノマド」の話題を聞かない日はない。キーパーソンになっているのはジャーナリストの佐々木俊尚氏とその弟子筋にあたる安藤美冬氏だ。特に安藤氏の『情熱大陸』(TBS)出演を境に、ソーシャルメディア上でこの「ノマド」をめぐって、氏に憧れる人々と、その批判者たちの盛り上がりが止まらなくなっている(僕も先日「雑誌のコラムで『ノマド』について書くつもり」とツイートしただけで「ノマド礼賛者、死ね!」とリプライが来た)。

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2019年12月号