サイゾーpremium  > 連載  > 高須基仁の「わたしは貝になりたい」  > テレビは鳩山叩き一辺倒、 重箱の隅ではな...
連載
高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第58回

テレビは鳩山叩き一辺倒、 重箱の隅ではなく「改憲」 という本質を追及しろ!

+お気に入りに追加
1007_takasu.jpg
球界への復帰待望論が強い清原選手。彼はキャリアは十分、膝のケガに苦労した経験もある。まずは、同じくケガに苦しむエンゼルス・松井秀喜のレポートや試合解説をしてほしい。映画の宣伝キャラクターなど、やっている場合じゃないぞ。 

 辺見庸が、東京新聞夕刊で連載している「水の透視画法」というコラム(5月18日付)で、ラーゲリ(ソ連強制収容所)ではやったという詩を引用していた。

「すべてありうる。なんでも起こりうる。よるべきものはなにもない」

 辺見はこの文章を用いて今の時代を憂いた。私の時代感覚と似ていて、久しぶりに響いた。

 今、着眼大局着手小局という、基本にあるべき感覚が見失われている。文化も経済も政治も着眼小局、着手も小局。そんな中、着眼大局を担うべきは、ジャーナリストだと思う。ところが、「週刊ポスト」(小学館)5月28日号で野中広務が官房機密費をジャーナリストやテレビ局、新聞社に配っていたと証言した。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2019年12月号