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第1特集
辛口評論家が美食界のタブーを破り、魯山人神話を斬る!【1】

不可侵となった美食家たちの"舌" 自称食通がはびこるグルメ業界

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「dancyu」での小山氏のグルメ連載。本当においしいんですよね? 

「あの××が推薦」「あの××の舌をうならせた」などのうたい文句に引きずられ、店選びをしたことはないだろうか? しかし、その推薦人の「舌」は必ず信用できるのか? 辛口グルメ評論家・友里征耶が、誰も語らなかった「食の神様」のタブーに切り込んでいく──。

 篆刻家(木や石に文字を彫る人)であり陶芸家であり、そして美食家として広く知られている「北大路魯山人」(1883~1959年)。"食の神様"のように扱われてきた彼だが、「はたして本当に食通だったのだろうか?」という疑念を筆者はかねてから抱いていた。多くの読者がおそらくそうであるように、『美味しんぼ』(小学館)の影響で、錯覚を植え付けられただけではないだろうか。

 そもそもこの疑問を抱く発端となったのは、魯山人をウリにしている飲食店の宣伝。「魯山人が愛した(通った)店」とうたって集客にいそしむ店がいくつもあるが、そのどれもが食材の質、調理とも傑出した店ではないのだ。わずか1年でミシュラン掲載(ミシュランの信憑性は置いておいて)から滑り落ちた「久兵衛」(銀座)の寿司に「ハゲ天」(銀座)の天茶、「竹葉亭」(銀座)の鰻と、それらに勝るとも劣らない店は都内だけでも数多ある。また、魯山人の好きなものを思い出してみたい。

 たとえばナマコ料理。コノワタ、コノコ、クチコと、酒のツマミにはいいだろうが、味の濃いものばかりだ。「和食といえば伝統ある京料理」というが、彼の好みからは、京の懐石のイメージがまったく伝わってこない。特にコノコが好きなのか、一度に3桶もペロリと食べてしまったという伝説もある。いくら大味好きといっても、やりすぎだろう。こんな「鉄の舌」の持ち主に、繊細な京料理などの「出汁」の味わいが理解できていたのかどうか……。

 没後に噂や願望が独り歩きして「神格化」してしまうのはよくあること。越前ガニを食べに石川県加賀市の山代温泉【註1】近辺を訪問した際、大正初期の旦那衆の関係者に魯山人の食の原点を聞き、疑問は確信へと変わった。

 彼は山代温泉に食客として滞在していたとの説もあるが、関係者によれば、旦那衆(特に吉野治郎氏【註2】)に取り入って転がり込んだだけとのこと。「いろは草庵」という離れで、2年近くタダで飲み食いさせてもらい、「食」(金沢の食材など)に目覚めたのだという。山代温泉に転がり込んだ時、魯山人は30歳を越えていたというから、その年代になって、金沢でのわずか2年弱の食経験をもとに、慌てて食べ込み【註3】を始めただけ。出身は京都でも京料理は知らず、"リトル京都"加賀の料理を少しかじっただけで、天下の「美食家」になってしまったのだから驚きだ。

 こうして検証すると、魯山人は料理文化では後進であった大正時代の東京で、「星岡茶寮」なる料亭を開設して金沢の食材を紹介したため、珍しさ故にウケただけ、と考えるのは当然のことだろう。「魯山人=美食家」は過大評価の伝説である可能性が高いのだ。

自己の趣向を押し付ける業界人の"食通説"が危険

 魯山人ほど有名ではないが、年を取ってから慌てて食べ込んで、"自称"「食通」を名乗る職業に"放送作家"というのがある。最近露出が激しい小山薫堂氏がその代表格だ。稼げるようになった放送作家たちは、グルメの世界へなだれ込む傾向にある。雑誌などの食ルポ執筆で小遣い稼ぎができる、副業で飲食業を経営できるなど、そこにはさまざまな思惑が働きやすいのだろう。

 テレビ業界では、用意された弁当を食べる機会が多い。そのせいか、一本立ちをして、時間的にも金銭的にも余裕ができた彼らは、力任せ(金任せ)に豪華な料理を次から次へと食べまくる。さらに、店で有名人の人脈自慢をするため、派手好きな料理人の店では歓待を受けることも多いのだろう。気分が良くなって店開拓の意欲に拍車がかかり、訪問件数も増えていくのだ。

 しかし、こんな急激な詰め込み経験だけで、味がわかるようになるはずがない。実際、彼の店や料理に対する嗜好には統一性がなく、内外装が奇抜な店、人に紹介された店、そして味が濃い店や質を問わない高級食材を出す店まで、片っ端から絶賛するのである。

 たとえば昨年のミシュランで3ツ星を獲得した「石かわ」(神楽坂)。この店は江戸風の味付けで「濃い味」が特徴なのだが、彼はここの出汁を"繊細と評している。この店の出汁を繊細と感じるようでは、京の出汁では味を感じないだろう。また、同氏が"広告塔を務める「ぎをん か波羅」(西麻布)は、もともと京都の豆腐料理屋だった店が、京ブランドを過信し、東京に鉄板焼きで進出した店だ。しかし、見事に失敗。タダ飯でも出されたのか、彼は雑誌連載で絶賛したが、結局話題にはならないままだった。

 また、こうした放送作家とつるみ、つまらない店紹介や訪問自慢をする人種には"文化人"が多い。作家たちがその一例だ。彼らは味がわからないだけではなく、「お行儀」も悪いのだとか。林真理子氏を例に挙げよう。

 彼女は寿司の中でコハダが大好きだそうで、顔が利く店では、周りにかまわず「店にあるコハダを食べ尽くす」と自身のコラムで自慢している。なんとかのひとつ覚えではないが、同じネタばかり食べ尽くす様は不気味な上に、自己中心的な性格を自ら開陳しているのだ。

 また、「にわかグルメ」である彼らは、「高級食材」の使用を喜ぶ傾向にある。本来「食」というのは食材の質や調理が問題なのだが、キャビア、鮑、伊勢エビ、松阪牛、近海生鮪、フォアグラ、松茸といった、名前だけで飛びついてしまう。林氏が秋元康氏と共に絶賛している、「ステーキ 定谷」を例に挙げるとわかりやすいだろう。彼らはこの店で、高級食材のオンパレードを堪能。しかし、筆者が食した感想は、牛肉や松茸、鮑の質は悪く、シシャモや添え物は冷凍、自慢のフグにも旨味はない。味が濃いだけで満足できない"代物"ばかりだ。この店を絶賛するなど、味をわかった食通にはあり得ない。

 魯山人に限らず、"食歴"の浅い業界人や文化人の舌を、マトモに信じてはいけない。本当においしいものに出会いたいなら、これはいまやタブーではなく、もはや常識なのである。

友里征耶(ともさと・ゆうや)
「自腹・覆面」の取材スタイルで、辛口店評価を貫くグルメライター。著書に、『シェフ、板長を斬る 悪口雑言集』(03年/グラフ社)、『ガチミシュラン』(08年/講談社)、『グルメの嘘』(09年/新潮新書)等多数。

[註1]石川県加賀温泉郷の一角。魯山人を陶芸の道に導いたのは山代温泉の陶芸作家・初代須田菁華であり、山代温泉の旦那衆が、書画や看板を注文して彼の生活を支えたことから、親交の深い地として有名。

[註2]老舗旅館として知られた「吉野屋」の旦那。同旅館は与謝野晶子にも愛されたことで有名だが、06年に廃業。

[註3]さまざまな料理を短期間で食べまくり、味の良し悪しを覚えようとすること。

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