サイゾーpremium  > 連載  > 稲田豊史の「オトメゴコロ乱読修行」  > オトメゴコロ乱読修行【39】/【恋は雨上がりのように】日本男性のロリコン趣向

――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

山口達也メンバーに贈りたいロリコン男性の夢を打ち砕くマンガ『恋は雨上がりのように』の画像1

 御年46歳のTOKIO・山口メンバーが10代の女子高生に強制わいせつ容疑で書類送検、というショッキングなニュースが報じられたのが、この4月。その衝撃も冷めやらぬ翌5月に公開された映画『恋は雨上がりのように(恋雨)』(出演:小松菜奈、大泉洋)が“45歳のオジサンと17歳の女子高生のラブストーリー”だったのは、ジャストタイミングすぎて神がかっていた。今回はその原作をテキストに、日本社会特有のロリコン許容文化、および年の差カップル問題を一考したい。

 物語は「17歳の女子高生・橘あきらが、元小説家志望で45歳バツイチ子持ちのファミレス店長・近藤正己に惚れ、近藤はまんざらでもない」という、童貞ラノベ作家が編集者に提出したら一発でボツを食らうような夢設定をベースに進む。

 あきらが近藤に惚れた理由は、有望なアスリートだった彼女が怪我によって陸上をあきらめざるを得なくなり、失意のなか雨宿りで立ち寄ったファミレスで近藤が優しくしてくれたから。……「ハァ?」という冷静な突っ込みが読者からあるかと思いきや、この連載はむしろ瞬く間に人気を博し、特に男性読者からは「近藤とあきらが結ばれてほしい」といった、テメーの願望そのまんまな声が寄せられたという。そんな彼らの期待に応えるように、あきらは近藤に告白し、近藤の脱いだYシャツの臭いを嗅ぎ、近藤と同じオヤジヘアトニックの香りを身にまとい悦に入ったりする。

 欧米の先進国で「45歳の男と17歳の少女の恋愛ドラマが……」などと口にすれば、芸術映画の文脈でもなぞっていない限り、多くの良識ある知識人はきっと眉をひそめるだろう。いい大人の男が未成年の少女に対して父性・保護欲以外の恋愛感情やそれに近い萌えを抱くことは、欧米諸国ではほとんど“有罪”。ご近所から白い目で見られる。

 一方、『源氏物語』を生んだ我が国において、少女愛好はそこまでの大罪とならない。同作のメインヒロイン・紫の上は初登場時10歳程度で、見初めた光源氏は18歳程度。大学1年生の男が小4の女子に一目惚れ。香ばしいことこの上ないが、これを「世界最古の長編小説における文学的な美」と力業で言い切るのがこの国の伝統的リテラシーだ。まあ10歳は行きすぎにしても、成熟した女性のセクシーとは真逆とも言える幼稚・未成熟要素を孕んだティーンエイジャー少女の「Kawaii」をクールジャパンと称して誇らしげに国際輸出するようなお国柄だけに、そのロリコン審美眼の本質は1000年以上変わっていないとも言えよう。

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