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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第179回

『罪人たち』音楽と人種の十字路で 暴力が交錯する黒人版 『ブルース・ブラザース』

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――雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。


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『罪人たち』

時は1930年代、アメリカ南部、信仰心の厚い人々が暮らす田舎町に、かつてそこを離れた双子の兄弟スモークとスタックが戻ってくる。彼らの目的は、禁じられた酒と音楽を売りにしたダンスホールを密かにオープンし、大金を得ること。開店後、多くの人々が詰めかけるも、突如現れた者たちによって状況は一変する。

監督:ライアン・クーグラー/出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルドほか。全国劇場公開中。


「1932年、ミシシッピ州クラークスデール」

映画『罪人たち』の冒頭にその字幕が出たとき、ブルース好きにはたまらない映画だとわかる。クラークスデールという街はデルタ・ブルースの聖地だから。伝説のブルース・ギタリスト、ロバート・ジョンソンの「クロスロード(十字路)」がある。その街の十字路で彼はギターの腕と引き換えに悪魔に魂を捧げたといわれる。

「罪人め!」

冒頭、黒人教会で牧師が叫ぶ。その教会では真っ白な服を着た信徒たちが讃美歌を歌っている。「私の小さな光で世界を照らしたい」。それはまさに光の歌。だが、白人がつくった歌だ。

しかしブルースは違う。酒と欲望を歌う罪深き音楽。アフリカの呪術ブードゥーにつながる、魔物と交感する音楽。それを聞かせる酒場をジューク・ジョイントと呼ぶ。

ミシシッピ川のデルタ地帯の肥沃な土地は綿花畑になり、河口のルイジアナで売られた黒人奴隷たちはそこで働いた。奴隷から解放されても貧しい小作人のまま、綿花を摘み続けた。夜になると疲れた心と体をジューク・ジョイントで癒やした。

『罪人たち』の主人公はジューク・ジョイントを開こうとする黒人の双子の兄弟スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダン一人二役)。彼らは第一次世界大戦に従軍し、禁酒法時代のシカゴでギャングをして金を稼ぎ、それで故郷クラークスデールにジューク・ジョイントを開こうと、昔の仲間を集める。

シカゴで孤児院育ちの義兄弟がブルース・バンドのメンバーを集めるコメディ『ブルース・ブラザース』(80年)にそっくりだ。歴史的にはミシシッピ・デルタの黒人たちがミシシッピ川を北上し、工業都市シカゴに住んで働き、ブルースマンたちもそれに従ってシカゴに入り、アコースティック・ギターをエレクトリックに持ち替えた。それがシカゴ・ブルースで、ロックンロールの原型になった。

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