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更科修一郎の「批評なんてやめときな?」【60】

利用される「恨」の文化――幽霊、大阪クリスタルナハト葬送曲。

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――ゼロ年代とジェノサイズの後に残ったのは、不愉快な荒野だった?生きながら葬られた〈元〉批評家が、墓の下から現代文化と批評界隈を覗き込む〈時代観察記〉

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『全裸監督』や『M 愛すべき人がいて』を観ると、テレビのほうがこの番組で語られていた文化圏へ回帰しているようにも思える。

 まさか緊急事態宣言当日に東京へ戻る羽目になるとは思わなかったが、沖縄から帰ってくる前日、たまたま立ち寄った小禄の食堂で「ヤマトの余所者は食ったらさっさと出ていけ」と言われた。10年以上、何度もバックパッカー長期滞在していて初めての体験で、店の名前も怒りで忘れてしまった。まあ、わざわざ検索する意欲も湧かないのだが、それから1カ月、沖縄県知事は大衆の支持を集めるべく、ヤマトへの「恨」を巧妙に利用している。

 いや、沖縄に限ったことではない。大阪府知事は営業自粛に応じないパチンコ店を晒し上げたが、パチンコ=在日朝鮮人のシノギというパブリックイメージがあるので、排外主義者の都知事や全国の意識高い系知事たちも次々と賛同し、ついでに学校も9月入学にしろとか言いだした。もっとも、大阪府知事が晒し上げた店はどれも維新が負けた選挙区だったから、わかりやすいというかみみっちいというか。自民と公明の縄張りを潰すために「善良な市民」の襲撃を煽ったのだろうが、実際には電話による中傷攻撃だけでなく、パチンコ依存症患者とマスコミが押し寄せたことで従業員が恐慌状態となり休業へ追い込まれる、よりひどいオチであった。とはいえ、無知無学な大衆の不公平感を煽り、お上の指示に従わない賤民を「自発的な」村八分で制裁する『カムイ伝』の日置藩のような維新の火事場泥棒的ポピュリズム戦術が大成功を収め、「自粛警察」が跋扈し、津軽と南部の確執は再燃し、プレジデント社は「麹町文子」なるネカマキャラで橋下徹総理待望論をブチ上げるという、全国津々浦々でヘイトな爆弾が『ときめきメモリアル』のように燻っている訳のわからん状況だ。『大阪クリスタルナハト』と書くと生前のたかじんが歌いそうなムード歌謡っぽいが、誰もユダヤ人の役回りにはなりたくないから、とんとんとんからりんと隣組の相互監視で「自粛警察」になっていく。

 かくして、『デビルマン』の牧村家襲撃前夜というか、自粛自粛の戦時体制で念願の「美しい日本」を取り戻してしまったのだが、意気軒昂な知事や官僚たちとは裏腹に、内閣のほうは足並みが揃わず、どうにも困惑気味に見える。星野源の動画企画への相乗りで叩かれ、昭恵夫人のスピリチュアルカルト旅行で叩かれ、特別定額給付金では公明党に脅され、アベノマスクで福島にヤクザ向けタックスヘイブンが見つかってまた叩かれているあたり、むしろ総理が安倍晋三で良かったような気もする。これが橋下や小池や山本太郎だったら、それこそポピュリズムと決断主義で居直り、地獄のハイウェイを爆走していたであろう。

 ちなみに、深夜ラジオの「アフターコロナの経済危機で貧困女性が風俗へ供給されることを期待する」不謹慎発言でバッシングに遭っていた岡村隆史が矢部浩之に説教されるオールナイトニッポンを聴きつつ書いているのだが、これも煽ったのは貧困ビジネスとフェミニズムを稼業とする社会福祉士とその一派で、維新や小池とは別の意味で火事場泥棒的に活気づいているNPO系ロビイストの利権漁りに利用され、まったく災難であった。身から出た錆とはいえ。

 もっとも、2015年の第四回でも記しているが、『岡村隆史のオールナイトニッポン』の異様な辛気臭さと笑えなさは、よく番組が成立しているな、と思うレベルで、矢部の説教も当然であった。まあ、極楽とんぼといいロンドンブーツ1号2号といい、不祥事を起こした吉本芸人の相方が真剣に怒る演出で火消しするパターンも定番化しているのだが。2009年の『誠のサイキック青年団』は弁解の機会すらなく打ち切られたのに。なお、岡村が真っ先に面白がって『ナインティナインのオールナイトニッポン』で北野誠の後輩であるよゐこに根掘り葉掘り訊いたことで、関西ローカルの問題が全国区になってしまった件は、大企業・吉本興業と吹けば飛ぶよな松竹芸能の格差を感じたものだが、そんな番組がバーニングや創価学会を敵に回しつつ20年も続いたのだから、ラジオが辺境の文化解放区、アジールだった時代は確かにあったのだ。対して、TBSラジオの『問わず語りの神田伯山』は適切なさじ加減で奮闘しているが、『アフター6ジャンクション』や『Session-22』がサブカルチャーのボス猿のような態度で伯山を敵視し、岡村の辛気臭い番組が老いたミソジニストたちの溜まり場として延々と続く現在のラジオは、矢部が言うように幽霊の世界に成り果てているのかもしれない。生きながら葬られた幽霊の筆者に言われちゃおしめえだが。

更科修一郎(さらしな・しゅういちろう)
コラムニスト&〈元〉批評家。90年代から批評家として活動。2009年、『批評のジェノサイズ』(共著/弊社)刊行後、休業。15年に活動再開。帰京して1カ月、家から一歩も出ていない。温泉とバックパッカー旅以外は引きこもりなのでそれほど苦痛ではないけど、気力も湧かないので困る。

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