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萱野稔人と巡る超・人間学【第10回】

萱野稔人と巡る【超・人間学】――「“殴り合い”はなぜ“人間的”なのか」(後編)

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(前編はこちら)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

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(写真/永峰拓也)

今月のゲスト
樫永真佐夫[国立民族博物館教授・総合研究大学院大学教授]

『殴り合いの文化史』著者である樫永真佐夫氏と語り合う暴力への欲望。人間の本質は文明化と理性によって変化したのか。それとも――。

萱野 ボクシングは現在もなお進化し続けている、というのが前回の最後の部分のお話でした。

樫永 昔とはトレーニング方法もだいぶ変わって、ボクサーの体もかなり違うものになってきています。井上尚弥選手やワシル・ロマチェンコ選手を見て思うのですが、今のボクサーは昔のボクサーに比べて、体幹がかなりしっかりしています。分厚い体幹がある方が、どのような体勢からでも軸が定まった強いパンチが打てるのです。

萱野 新しいファイトスタイルで闘うためには、まずはそれにふさわしい体作りから始めなければいけない、ということですね。

樫永 先日、元プロ野球選手の落合博満さんの著書『采配』(ダイヤモンド社)を読んで、これは鋭いなと感じた言葉があるんです。人間の成長に関して“心・技・体”のそれぞれを磨くことが大切だとよく言われますよね。落合さんは自身の経験から、この順番が逆だというのです。つまり“心・技・体”ではなく、“体・技・心”の順番だと。私なりの解釈では、いや反省もこめてですが(笑)、何をするにも必要なのはまず体、つまり体力をつけることです。体があってこそ、技術に対する自信も確固たるものになります。体ができていないのに心、つまり根性だけでは、ケガや故障につながりやすい。また技だけでは心もとなく、心が折れやすい。体があり、技を身につけ、経験が伴えば自ずと心もタフになり、心を生かすことができるのでしょう。あ、自分のことは棚に上げていますけど(笑)。

萱野 今のお話は私にとっても非常に納得できますね。体の状態が心の状態を決める、というのは、近年の心理学や脳神経科学などの研究によっても示されていることです。例えばうつ病の患者は、見る人が見ればその表情からうつ病であることがすぐにわかるそうです。眉間に深いシワがよって、口もヘの字に曲がっている。そうしたうつ病患者の眉間にボトックス注射をするとどうなるか。

 ボトックス注射というのは美容整形外科でシワ取りに用いられる注射で、それをシワの周りに注射すると毒素によって筋肉がマヒし、シワが取れるというものです。眉間にボトックス注射をされたうつ病患者も、同じように、眉間の筋肉の緊張が取れてシワがなくなります。そうなると、多くのうつ病患者の性格がそれまでより明るくなり、症状が軽くなるそうです。まさに身体の状態がそのまま心の状態へと反映されるんですね。うつ病患者ではない人たちでさえ、ボトックス注射によって眉間のシワを取ると、ほかの部分のシワを取った人たちと比べて、性格が明るくなったという研究も報告されています。私たちは通常、心や意識といったものが司令塔となって身体を動かしていると思い込んでいます。しかし実際には逆で、身体の状態のほうが心や意識のありようを規定している、少なくとも身体の状態と心の状態は相互に規定しあっていると言うべきなんです。

樫永 それはすごくよくわかります。

萱野 意識を変えたければ身体を変えろ、幸せになりたければ幸せであるようにふるまえ、ということですね。

スポーツでありながら暴力でもある矛盾

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