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オトメゴコロ乱読修行【52】

後期高齢者向けポルノ『家族はつらいよ』が描く“専業主婦”という幻想

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――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

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「専業主婦」。2019年現在、これほどまでにジェンダー界隈で火種になるワードはなかろう。しかし先のGW中、「働く女性の声を受け『無職の専業主婦』の年金半額案も検討される」という、火種感満載のネットニュースが駆けめぐった。「週刊ポスト」2019年5月3・10日号の記事を「マネーポストWEB」が転載したものである。

 基本をおさらいしよう。サラリーマンの妻で無職の者(≒専業主婦)は、夫の厚生年金に加入する「第3号被保険者」と呼ばれ、年金保険料を払わずとも老後に基礎年金を受け取ることができる。しかし年金財政がヤバいことになっている今、政府が制度の見直しを図っているというのだ。

 ただし、世の強めな女性論客たちが食いついたのは、見直し案自体ではなかった。記事中にある「共稼ぎの妻や働く独身女性などから『保険料を負担せずに年金受給は不公平』という不満が根強くあり」というくだりだ。「おいおい、勝手に『働く女性vs専業主婦』の対立構図作って面白がってんじゃねえよ!」……ごもっともである。

 が、筆者には別の観点で意見がある。介護ほかもろもろの事情で専業主婦業を余儀なくされている女性を除けば、2019年現在、永続的に専業主婦を続けられる女性は、か・な・り選ばれしセレブではなかろうか。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構の資料によると、2018年現在、日本では共働き世帯が1219万世帯に対して、専業主婦(パート、アルバイト含まず)世帯は600万世帯。3世帯に1世帯がピュア専業主婦である。意外に多い印象だが、それもそのはず。ここには60代後半以上の年長世代、すなわち「夫のシングルインカムでマイホームを手に入れつつ、子供2人を養うことができた幸福な世代」がたんまり含まれているからだ。しかも彼らが現在もらっている年金額は現在の30~40代が将来もらえる額よりずっと多い。

 そこで、年代別の専業主婦率を見てみよう。総務省統計局の「就業構造基本調査」(2017年)によると、30~34歳の専業主婦の割合はたった17.1%だ。35~39歳で23.6%、40~44歳で19.0%。住居費の高い都市部ではさらに少ないだろう。しかも彼女たちの多くは、仕事復帰を控えて一時的に専業主婦状態なだけだ。

 さらにググってみたところ、「子供1人の3人家族」の妻が生涯専業主婦でいられるのに必要な夫の年収は「30歳時点で700万円」という試算が目に入ってきた。dodaの平均年収ランキング2018年版によると、30歳男性の平均年収は439万円。なお、30代全体の男女で700万円以上の年収があるのは9.4%しかいない。

 つまり「30歳時点で年収700万円の夫」は完全に上級国民だ。一般庶民からすれば、ほぼファンタジーの領域。異世界に転生でもしない限り、そのスペックは手に入らない。「なろう系」小説の転生ものタイトル風に言うなら「俺の給料が爆上がりして嫁が専業主婦になれた件」である。

 にもかかわらず、47歳サラリーマン(西村雅彦)のシングルインカムで3世代6人(うち専業主婦2人)を横浜市内の一軒家で養う設定の映画『家族はつらいよ』は、ファンタジーの度が過ぎやしないか。家計を握るのは西村雅彦の妻(夏川結衣)だが、同居する西村の両親(橋爪功&吉行和子)は、たんまり年金をもらっている団塊世代のわりに、2人で月5万円の生活費しか夏川に払わない。食べ盛りの孫が2人もいるのに、家計は一体どうなっているのか。謎だ。これぞファンタジー、字義通りの“非実在”。上級国民以外の大半は、それこそ転生でもしない限り、このモデルを経済的に成立させることができない。

 本シリーズの監督は『男はつらいよ』でおなじみ山田洋次。生活者の目線でドラマを描く名手……のはずだが、御大も87歳だ。昭和50年代あたりの「生活者感覚」がいまだアップデートされていない可能性も否定できない。

 だいたい、今どき47歳の男が家の中で実の父親に敬語を使うなど、あり得ない。末弟(妻夫木聡)の妻(蒼井優)の言葉遣いも、山田が影響を受けているとされる小津安二郎そのまんま。昭和50年代どころか昭和20年代だ。蒼井が姑や舅や小姑に対して戦前の家族主義よろしく最上級に恭しい態度を取るのは、一体なんの時代劇プレイなのか。一体なんの後期高齢者向け精神的ポルノなのか。エロゲーの「お兄ちゃんを慕う美少女な妹」以上にファンタジーすぎる。非実在も甚だしい。

 一番のファンタジーは、息子家族も娘家族も全員が、橋爪功と吉行和子のことを気遣い、心配し、思いやり、憂い、常にそのために行動するという点だ。どれだけ憎まれ口を叩いても、彼らの生活の中心には必ずこの両親がいる。2019年のニッポンで、どこをどう探せばそんな古き良き家族が見つかるのか。サザエさん一家以上に発掘難易度が高い。これは山田洋次の願望なのか?

 もはやこの日本では、寅さん的・牧歌的な「人情」や、ケンカっ早くてお節介だけどあたたかい「家族」の理想的プロトタイプは、絵空事の中にしか存在しない。その意味で『家族はつらいよ』は、御年87歳の山田洋次が抱くBack to SHOWA願望の具現化そのもの。さえない童貞男が異世界で無双化する「なろう系」の転生ものと、創作の動機が同じである。

 1作目と3作目のラストは、特にファンタジー度が高い。1作目は積年の結婚生活ストレスに我慢できなくなった吉行和子に熟年離婚を迫られる橋爪功の困惑を描いているが、橋爪は吉行に頭ひとつ下げず、最後の最後に口にした「サンキュー」の一言で吉行が許し、離婚が撤回される。3作目では夏川結衣が爪に火をともして貯めたヘソクリを西村雅彦が「ピンハネして貯めた金だ」と罵倒。夏川は家出するが、西村が香港出張のついでに空港で買ったスカーフ1枚で夏川は戻り、しかも夏川のほうが家族に謝罪する。ええと山田監督、今は2010年代後半ですよ。ジェンダーってご存じですか?

『家族はつらいよ』が罪深いのは、片方の手で専業主婦を理解するフリを見せながら、もう片方の手ではちゃっかり専業主婦を「飯炊き女」の地位に引き戻し、しかも専業主婦側が望んで夫のもとに戻ったかのように描いている点にある。形を変えたレイプファンタジー。ポルノにもほどがある。

 しかも3作すべての結末で、「家族は作るべし、作らないと不幸(=結婚するべし。子供作るべし。離婚ダメ、ゼッタイ)」という価値観を問答無用で押しつけてくるから始末が悪い。山田御大の世代としてはごくごく平均的な価値観であるからして、なんの悪気もないのだろうが、ただ残念というほかない。

 2010年代後半に全国公開する映画として『家族はつらいよ』は、時代遅れという言葉では足りないほど、無邪気に罪深い。後期高齢者の男性が精神的に勃起するのは勝手だが、この映画を偶然目にしてつらい気持ちにさせられるのは、なにより30~40代の女性だ。『結婚して子供を作る以外に人間の幸せはない」と遠まわしに説教され、働いている女性は家計面でのファンタジーぶりに気が重くなり、専業主婦は自分たちのあまりにも軽い扱われ方に自尊心が損なわれる。

 ああ、やっぱりね。やっぱり自分たちは、親世代にこう思われていたんだ……と落胆する彼女たちの姿が目に浮かぶ。女は、つらいよ。

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『セーラームーン世代の社会論』『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(共に単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『押井言論 2012-2015』(編集/押井守・著)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)など。編集担当書籍に『団地団 ~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』(ラリー遠田:責任編集)がある。

『家族はつらいよ』
シリーズ(全3作)
2016~18年・日本・監督:山田洋次。団塊リタイア夫婦の絵に描いたような楽隠居っぷりは、ロスジェネ30~40代からすれば目の毒。橋爪功は美人女将(風吹ジュン)のいる居酒屋に足しげく通い(1回の会計4~5000円と予想)、同世代の友人らとゴルフや同窓会にいそしみ……と余裕の日々。吉行和子はカルチャーセンターの小説教室に通い、そこの友人たちとオーロラ見物目的で優雅な北欧旅行に出かける。「世代間格差」の5文字が頭から消えない。

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